退廃の香り- 大内聖子 -

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フランス・パリに在し、香水ライターとして活躍している大内聖子さん。今回も「香りの芸術」をテーマにコラムをご執筆いただきました。知れば知るほど奥が深い香りの世界。是非ご拝読下さいませ。

皆さま、こんにちは。
香水ライターの大内聖子です。

私は今、フランスのパリで暮らしているんですけれども、最近よく思うことがあります。

一つは、「頑張る」という単語がフランス語に存在しないこと。
そもそも「頑張る」には、「努力して自分を犠牲にして何かのために尽くす」というニュアンスが含まれていると思いますが、この国にはその文化ががごっそり抜けているような気がします。

努力することはあっても、自分のプライベートまでも犠牲にして何かを頑張る、というフランス人に会ったことがありません。

腹八分の人付き合い。
悲観と楽観の同居。
口癖は「C’est la vie(セラヴィ)」=これが人生。

フランス人にはこのような特徴があると思います。
こう言ってはなんですが、この国では「初々しさ」が見られないんですよね。



そして二つ目は、「退廃美」にあふれていること。
東京やニューヨークの高層ビルとは対極にある、パリの歴史的オスマン建築。

たくさんの血が流れ、それをそのまま風化させつつ維持するフランス人の熱意ってすごいですよね。

そこではきっと、いろいろなドラマが生まれたのでしょう。黄金期の姿はもう見えなくとも、風化された姿もまた一興。

街全体が「退廃美」をそのまま体現しているかのようです。



そして2021年の2月に長雨のために起きたセーヌ川の氾濫は、不謹慎ですが芸術的に美しかったですね。

美醜は本当に紙一重。
日の当たる場所の天真爛漫な美しさも確かにあるのですが、全てはリミットがあるからこそ美しさが輝くんだと思います。

そして私は日の当たらない美が好きです。
退廃的な美しさとは、崩れ落ちる寸前の美しさ。

持論ですが、造形的な美が徐々に朽ちていく姿に、エロスが加わると「退廃美」になるのかなと思います。



私の専門分野、香水の世界でも退廃を感じさせる香りが存在します。

不道徳な題材、またはそういう雰囲気を漂わせる香りのなかに見出される美しさ、といったところでしょうか。

健全・健康的ではない、明るくない、鮮やかでない香り。

「フランスの知性・哲人」と呼ばれるSerge Lutens(セルジュ・ルタンス)が生み出すフレグランスにはそれがあります。



己の信じる美のみを追い求め、他は何もいらない。
流行りを追うわけでもなく、美しくあることが最高基準であるとして、ひたすらその世界に心を傾け陶酔する。

そんな「耽美主義」にも似た香水哲学を前面に打ち出したパフュームメゾンがSerge Lutens(セルジュ・ルタンス)なのです。



今年、私は一つの退廃香水に出会いました。
「La dompteuse encagee(ラ・ドンプトゥーズ・オンカジェ)」という名のユニセックスフレグランスです。(※日本未発売)

「La dompteuse encagee(ラ・ドンプトゥーズ・オンカジェ)」の“La dompteuse(ラ・ドンプトゥーズ)”は、“(サーカスなどの)動物の調教師”という意味です。

そして“encagee(オンカジェ)”とは“檻に入れられた”という意味を持ちます。

つまり、「La dompteuse encagee(ラ・ドンプトゥーズ・オンカジェ)」の意味は“檻に入れられた調教師”となるのです。

なんとも逆説的な香りです。
アンチテーゼを含んだ、フランスらしいネーミング。

この香水は、ハードなネーミングとは裏腹に優しくうららかな香りがします。
ただ優しさにもいろいろな種類があります。

香りを擬人化するのならば、これはもともと優しい人なのではなく、物言うアクティビストが角が取れて優しくなったというような、言わば“丸い”香りがするんです。



“檻に入れられた調教師”。
自分がそんな状況に放り込まれたら、どんな思いをするのでしょうね。

Serge Lutens(セルジュ・ルタンス)は、まるで檻の中に入れられてしまった調教師のように、自由を制限された私たち、閉じ込められた考えを具体化したのではないかと思います。

思い当たる節はあります。

このコロナ禍、自由が不自由に、封じ込め、閉じ込められ、私たちの精神はまさに檻の中にいるようでした。

ただ、“未来”という一筋の光に希望を繋いで己を保っていられました。
いつか、抜け出せると。

「La dompteuse encagee(ラ・ドンプトゥーズ・オンカジェ)」の不思議なほど優しく柔らかな香りは、牢獄の小窓から入る希望の光のよう。

そんな、絶望を味わった先の一抹の“解放感”と“慈しみ”が感じられる、懺悔の香りなんです。



ワクワクしませんか。
完全なる退廃美です。

ただただ多幸感をあおるようなフレグランスでは決してなく、力強さもなければ万人受けも狙っていない。

なんとなく滅入る気持ちと、人を惹きつける何かを同時に持ち合わせた、まるで太宰治のようなフレグランス。

もちろん、私たちは一生毎秒ハッピーな時間を過ごせるというわけではありません。

人生、複雑です。
たまに嫌になっちゃうときもあります。
でも、単調な人生はずっとつまらない。

バランスが大事なのは知っているけれど、アンバランスはもっと自分らしい。

そんな「完璧な美」から距離を置いたところにある「La dompteuse encagee(ラ・ドンプトゥーズ・オンカジェ)」の香りに心底惚れてしまいました。



あと一つ明言できるのが、このパンデミックのさなか、香水業界では「名作」と言える香りがどんどん発表されていることです。

それはもちろん他のアート業界でもそうかもしれません。
大げさかもしれませんが、このパンデミックで一部の文明が終了してしまいました。

クリエイティビティは往々にして「滅びゆくものの魅力」「抑圧された日常」のなかで発揮されるものです。

不思議ですが、順風満帆な生活を送っていると、アイデアが枯渇することってありませんか。

私はあります。
でも、自身に「退廃」を感じた時や禁欲的な状況に追い込まれた時、内側から猛烈な執筆欲が沸いてきます。

完璧な美に注目しがちな私たちですが、実は「衰え始め」はもっと人間らしくて面白い。

香水も、人間らしい香りが良いですね。
ただ周りにアピールするフレグランスというだけでなく、「自分の内面を表現するスタイル」としてつけこなせれば素敵だな、と思ってます。

「C’est la vie(セラヴィ)」=これが人生。
冒頭で紹介したフランス人の口癖、なかなか素敵ですよね。

日の当たる美しさも、当たらない美しさも、健全も、退廃も。
これこそが人生、って腹をくくれると強いです。

これからも、健全ではない面白い香りについて執筆していきたいと思います。







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Author Profile
大内聖子
仙台市出身。パリ在住香水ライター。

都内で約10年美容に携わる仕事をした後、インポートランジェリーブティックのバイヤーへ転身。パリコレへの出張を繰り返し、2018年5月にフランス人の夫との結婚を機に移住。

香りオタク、好きなものはアートとウクレレと猫。人見知りです。現在はフリーの香水ライターとして、香りにまつわるコラムを多方面で執筆中。

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