香りを辿って- 大内聖子 -

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第一回BUNCAColumnライター募集に応募いただいた大内聖子さんに香りの芸術に関してコラムをご執筆いただきました。香りに心を奪われフランス・パリに渡った彼女のこれまでの活動を是非ご覧くださいませ。

はじめまして。香水ライターの大内聖子です。
2018年にフランス・パリに移住し、香りについてのコラムを書くことを生業としています。

香水のお風呂に入れるほど香水が大好きです。

フランスは香水のメッカで、晴れて今この国で生活できているわけなんですけれども、実は「移住した」より「辿りついた」という表現の方が合っているかもしれません。

それではなぜフランスに辿りついたのか。
なぜ、こんな異国でせっせと香りを言語化しているのか。

僭越ながらこちらでご紹介させて下さい。

まず、東北で生まれた私は、親には申し訳ないのですが物心ついた時から「ここじゃない。」って思っていました。



香りについては早熟でしたね。
母が愛用していたシャネルの香水を盗み嗅ぎしては自分にふりかけ、そして中世ファンタジーの空想世界に浸っていた変な子供でした。

18歳で大学進学のために上京するも、やはり心の片隅に「ここじゃない。」という文言がくっついて回ったのです。

卒業後は美容の仕事に就き、それなりに恋愛もし、それなりの生活を楽しんではいました。
兼ねてから趣味だった香水の知識も深めようと、都内の調香スクールにも足繁く通いました。

それでもまだ、私の違和感は漠然と続いていたのです。
長期休暇が取れると日本を北から南まで巡り、さらには海外まで「ここじゃないどこか」
を探すために足を運ぶことに。

沖縄、アメリカ、香港、韓国、タイ、イタリア、オーストラリア。。。
全て、素晴らしい土地でした。
だけど絶対的に「香りが違う」んです。

こうして30歳に差しかかった頃、私は違和感の正体が「香り」であることにやっと気づいたんです。

でも「香り」が違うから日本にいるのが違和感でしかない、なんて狂ったこと誰にも言えません。アバウトすぎます。

悶々としていたところに、私はとある美術品に運命的に出会いました。
2012年、当時住んでいた最寄り駅の広告ポスターになぜか惹かれ、六本木の国立新美術館で開催されていた「貴婦人と一角獣展」を訪れました。



鮮やかな赤の地に、細かな装飾。
西洋中世美術の最高傑作との呼び声も高い、フランス国立クリュニー中世美術館所蔵の6枚の巨大なタペストリーです。

6枚の連作タペストリーに描かれているのは、人間の持つ五感『触覚』『味覚』『嗅覚』『聴覚』『視覚』、それぞれ5つを主題にしたものと、謎めいた『我が唯一の望み』という主題のひとつです。

(上の画像は『嗅覚』。)



最後の小部屋に飾られていた『我が唯一の望み』という名の最大のタペストリー。
6作目の『我が唯一の望み』が何を意味しているかは、今も謎のままだそうです。愛や結婚、自己実現など諸説あります。

この作品を見た時の衝撃は忘れられません。
美しく、繊細で、深い。
そしてほのかに、その場から私が欲していた懐かしい香りがしました。

私が興味を持ったのはもちろん『嗅覚』のタペストリーでしたが、五感を統べるものとしてのタイトルが『我が唯一の望み』とは一体?

こんな作品を産んだ国、フランスに興味を持ち始めたのもこの時からでした。
国立新美術館での展示は期間限定でしたので、ほどなくしてクリュニー中世美術館に返還されたのです。

六本木で見たタペストリーをどうしても忘れることができなかった私は、2014年、それを追いかけて初めてフランスに足を踏み入れました。
懐かしい香りの正体を突き止めたかったのです。



シャルルドゴール空港に降り立った瞬間、アンバーの香りがしたのを覚えています。

これだ!と思いました。
この香り。
探し続けていた、自分にしっくりくる香り。

小躍りしながらパリの中心に近づくと、「ここじゃない。」という違和感は「ここである」快感に変わっていきました。

遠ざかるように近づいてくるパリジャン。
官能的なオスマン建築。
パリに住まう人間の欲を吐き出すかのように濁ったセーヌ川。

ノートルダム大聖堂の屋根に鎮座するガーゴイルは、夜になると動き回って上空を飛んでいるんじゃないかと思えるほど精鋭でした。

美しいけど硬質で、冷たい街。
アンバーとパチュリ香る淡麗な街。

私にとってそんなパリの街の匂いは、最高に温かくて懐かしい香りだったんです。

香りが肌に合っていると本当に居心地が良いもので、これまでの心の施錠が一気に解けたような気がしました。



パリ5区に位置する国立クリュニー中世美術館ではあの6枚の連作タペストリーとも再会を果たすことができ、感無量。この作品が私を導いてくれたのだと思います。

一週間の短い小旅行を終えてからというもの、私は「フランスで香りと共に生きること」を新たな目標に。

そして、周りの世界の在り方に自分を合わせていくことを、辞めました。

幸いなことにその後仕事でパリへ出張に行く機会が何回かあり、縁あって現在のフランス人夫と出会い、あれよあれよという間に結婚。

こうして2018年に私はフランス人の妻となり、堂々と香りの旅に出ることとなるのです。



フランスに辿りついてからというもの、本場の香水メゾンに通っては文章をしたため、狂ったように片っ端から香水をレビューしてきました。

ブティックのアドバイザーの方に頭から香水をふりかけられ(嫌がらせではなく、フランスでは「試したい」と言うとシャワーのようにたっぷりと浴びせられます。)、コレコレこの感じ。と喜んでしまう自分。

フランス国民一人ひとりが評論家と言っても過言ではないくらい、香水への評価も厳しいのですが、それがまた心地良くてたまりません。

香水を含む芸術全般において、この国は優れたアーティストが必然的に生まれる恵まれた環境(教育の無償化、ビジネスとアートの完全分離)があります。

ですが最も素晴らしいと思うのは、鑑賞する側全員の感性も鋭く肥えていること。

私に長年ズレを与えていた「ここじゃない。」という感覚はすっかり消え、今となっては自分の人生前半がロードムービーのようだったな、と思います。



現在は、そのロードムービ―のなかで経験した国、人、情景、経験など全てを香水にリンクさせて「香りを言語化」しています。

私はあまり未来のことを書きません。
香りはほぼプルースト効果※に基づいているからです。

※プルースト効果…特定の匂いが、それに結びつく記憶や感情を呼び起こす現象。
フランスの作家マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』という小説の中で、主人公がマドレーヌを紅茶に浸した際、その香りで幼少時代を思い出す場面があり、その描写が元になっている。

頭にインプットされた香りの記憶を、丁寧にひとつひとつ言葉で分解してさらに文章を組み立てる、という毎日を送っています。

私の記事を読んでくれた読者様に「文章から匂いがしてくるようだ」と言われると、飛び上がるほど嬉しいですね。

もちろん香水を販売目的で執筆しているわけではないので、単純に香りと執筆が大好きなんです。
2021年は香りについてのコラムを途切れることなく執筆することと、「名画と香水」を結びつけて興味深い記事を書きたいと思っています。

渡仏してもうすぐ3年。
私は皆さんよりちょっと年上かもしれませんが、40歳を手前に渡仏したことに後悔はありません。

人生の第2章がやっと始まった、そんな思いで過ごしています。

ここで2012年に出会った、あのタペストリー6作目『我が唯一の望み』の答えを自分なりに解釈してみました。

人間の五感を主題にした『触覚』『味覚』『嗅覚』『聴覚』『視覚』5つのタペストリー。
『触覚』から始まって順に肉体の欲求に近いものから精神的なものへ高まっているとされています。

『我が唯一の望み』とは、そんな欲求に近い五感を制御する「心(意思)」なんじゃないかな、と私は思います。
「迷ったときは直感に従え」なんてよく聞きますが、その直感というのも大切な心の声なんですよね。
このタペストリーは今も大好きで、こうして同じ街に暮らせているのが幸せです。



アートに携わっている皆様。

誰かの手がけた作品が時空を超えて、こうして誰かの人生を変えるきっかけとなる事って、本当にあるんですね。このように人間の魂に響くことこそが、芸術の醍醐味だとやっぱり思います。

そして、香りもアートの枠にご一緒させて頂ければ、本当に嬉しく思います。







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Author Profile
大内聖子
仙台市出身。パリ在住香水ライター。

都内で約10年美容に携わる仕事をした後、インポートランジェリーブティックのバイヤーへ転身。パリコレへの出張を繰り返し、2018年5月にフランス人の夫との結婚を機に移住。

香りオタク、好きなものはアートとウクレレと猫。人見知りです。現在はフリーの香水ライターとして、香りにまつわるコラムを多方面で執筆中。

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