名曲誕生ヒストリー チャイコフスキー作曲「くるみ割り人形」- 本村 友子 -

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結婚生活の破綻、パトロンからの資金提供の停止…彼を襲う様々な事態に追い詰められていくチャイコフスキーの精神。そんな彼を救い、彼の代表作とも言える「くるみ割り人形」の誕生に繋がった運命の出会いとは…!?

偉大な作曲家がバレエ楽曲くるみ割り人形創作完成に至るまでのストーリー


くるみ割り人形をご存じでしょうか。
この問いの答えには、子供の頃に読んだくるみ割り人形の絵本と答える方もいらっしゃれば、映画くるみ割り人形のストーリーや出演俳優または美しい映像についてお話しされる方もおられます。また、兵隊のくるみ割り人形と答える方もいらっしゃるかもしれません。
これらのくるみ割り人形の原作は、ドイツの作家E.T.A.ホフマンの「くるみ割り人形とねずみの王様」です。この童話が絵本や映画となり、私たちの身近な存在となっているのですね。

バレエ楽曲のくるみ割り人形はご存じでしょうか。この楽曲は、チャイコフスキーが作曲した最後のバレエ楽曲です。くるみ割り人形の原作がバレエ向きに脚色され、現代もクリスマスシーズンには日本はもちろんのこと、海外でも盛んにバレエ公演が行われています。
では、いったいチャイコフスキーはくるみ割り人形の世界とバレエ楽曲をどのように融合させていったのでしょうか。当時の時代背景と共に、くるみ割り人形の世界をお伝えしていきたいと思います。





1、 チャイコフスキーはくるみ割り人形創作に乗り気ではなかった


チャイコフスキーがバレエ楽曲となるくるみ割り人形の作曲を依頼されたのが1890年、彼が50歳の年でした。当時すでに作曲家として成功をおさめていたチャイコフスキーは、多忙を極めていました。そしてそれと同時に、精神的に追い詰められていた時期でもあります。
精神的にも肉体的にも余裕が持てなかったチャイコフスキーは、くるみ割り人形の作曲依頼には、乗り気になれず作曲家としての自信も失いかけていました。ではなぜ彼がそこまで精神的に追い詰められていたのでしょうか。その背景には、忙しさとは別の2つの理由がありました。



(1)結婚生活の破綻と9歳年上の未亡人との別れ

チャイコフスキーは、ミューコヴァという女性と1度結婚をしています。この結婚は、彼女からの強引な求婚のうえ成立したのですが、結果的に短期間で破綻を迎えています。その理由は、妻の強い束縛でした。彼女との生活が苦痛だったチャイコフスキーは、川で自殺をはかり未遂に終わっています。その様子をみた周囲の人々が、二人を引き離し結婚生活は終わりを迎えることになりました。

しかし結婚生活が破綻したことで、チャイコフスキーは仕事に打ち込めるだけの元気を取り戻しています。そして次に彼の支えになった女性が、チャイコフスキーより9歳年上の未亡人ナデージタ・フィン・メック婦人でした。ただこの未亡人とチャイコフスキーは、一度も対面していません。しかもその交際は、文通を通じるだけの関係でした。

チャイコフスキーの才能に心から憧れ夢中になっていた未亡人は、一度も会ったことがないチャイコフスキーのために、毎年多額の資金を提要しています。当のチャイコフスキーは、未亡人からの資金提供により、収入の心配をすることなく創作活動を続けることができていました。しかし1890年に、突然未亡人から資金提供の停止の知らせを受けます。この未亡人との別れは、チャイコフスキーに怒りと同時に精神的に大きな落胆を与えています。


(2)チャイコフスキーの同性愛の習癖の社会的批判

実はチャイコフスキーには、同性愛の習癖がありました。実際に、貴族の公爵の甥と深い仲となっています。そのことを知った公爵は、チャイコフスキーに対し強い怒りと共に告訴を起こしています。そして、チャイコフスキーを罪人として裁く法廷の開催を求めました。しかし当時すでに世界的に有名になっている作曲家の名を汚すことを避けるため、その裁判は極秘で行われたと記録されています。

世間への公表はされなかったとはいえ、社会的批判を受けることになったこの時期、チャイコフスキーは精神的に苦しい立場に立たされていました。その結果、創作活動への意欲も作曲への興味もなくなってしまっていたのです。

しかし、最終的にチャイコフスキーはこの依頼を引き受けています。ではなぜ、後世に残るほどの楽曲を創作することができたのでしょうか。それには、運命ともいえるある楽器との出会いがあったのです。





2、 くるみ割り人形楽曲誕生するまでのストーリー


くるみ割り人形の楽曲が世に発表されたのが、1892年のことです。以後100年以上経った現代でも、クリスマスシーズンに欠かせない楽曲となりました。当時創作意欲をなくしていた彼は、新しい楽器と出会うことで再び創作意欲を燃やしていきます。


(1)チャイコフスキーと運命の楽器との出会い

チャイコフスキーが演奏会のために立ち寄ったパリの楽器店で、チェレスタという新しい楽器に出会います。

このチェレスタという楽器は誕生してから5年と歴史が浅く、ヨーロッパでもあまり知られていませんでした。

チェレスタが奏でる音色こそ、バレエ音楽に一段と魅力をかける。と考えたチャイコフスキーは、楽曲へのアイデアが次々に浮かび、作曲活動も順調に進んでいきました。


(2)創作途中で世に発表された8曲

バレエ楽曲くるみわり人形の創作活動は順調に進みましたが、チャイコフスキーには別の演奏会の依頼が後を絶ちませんでした。

1892年にチャイコフスキーは、自作の演奏会を依頼されます。しかしこの演奏会では、新作を発表しなければならず多忙な彼は新作を作曲する暇がありませんでした。そのため、創作途中だったバレエ楽曲くるみ割り人形から8曲を選曲し、演奏発表会に立ちます。

• 第1曲 小序曲
• 第2曲 行進曲
• 第3曲 こんぺいとうの踊り
• 第4曲 ロシアの踊り(トレパック)
• 第5曲 アラビアの踊り
• 第6曲 中国の踊り
• 第7曲 あし笛の踊り
• 第8曲 花のワルツ

※第3曲に、チェスタが起用されています。

こうして初めて演奏された8曲は、観客からの大絶賛を浴び演奏会は成功をおさめる結果となりました。そして彼の狙い通り、チェレスタの音色は見事に楽曲に色を添え、人々はチャイコフスキーの才能に驚き感嘆します。

しかしのちに完成した初回のくるみ割り人形バレエ公演は、観客からの評価が得られず結果的に大成功を納めたとは言えないものでした。その理由は、バレエの構成が今までとは違っていたことで観客が戸惑いを覚えたこと、もうひとつはバレエダンサーのキャスティングが合っていないことにありました。ただチャイコフスキーの楽曲には、観客から高い評価を得ています。その後バレエの構成に編集がほどこされ、時代と共に進化を遂げていきました。





3、バレエ公演くるみ割り人形の世界


では最後に、バレエで公演されるくるみ割り人形の世界をご紹介していきたいと思います。

原作では、主人公マリーとくるみ割り人形とのエンディングまでが描かれています。しかしバレエ公演では、主人公はクララと名を変え原作の世界観を生かしつつその内容は簡略されています。

主人公は3人兄弟の末娘のクララです。彼女の家で開かれたクリスマスパーティーに訪れたドロッセマイヤーおじさんは、子供たちにクリスマスプレゼントを持ってきてくれます。クララに贈られたのは、お世辞にもかわいいとは言えない兵隊のくるみ割り人形でした。それでもクララは、このくるみ割り人形を贈られたことを大変喜びます。

しかしクララの兄フレッツが、くるみ割り人形を乱暴に扱い壊してしまいます。

壊れた人形をかわいそうにおもったクララは、人形をベッドで寝かせてあげるのでした。人形のことが気になりなかなか寝付けなかったクララは、夜中までくるみ割り人形に付き添っていました。すると、夜中の12時を過ぎた時急にクララの身体は人形のサイズに小さくなっていたのです。

驚くクララの前に、ネズミの王様が家来たちを連れて現れます。するとどうでしょう、なんとくるみ割り人形率いる人形の軍隊が現れネズミとの戦争が始まりました。ネズミとくるみ割り人形との一騎打ちになった時、くるみ割り人形にピンチが訪れます。その様子を見ていたクララは、思わず助けに入るのでした。

クララの助けでピンチを乗り越えたくるみ割り人形は、見事ネズミの軍隊との闘いに勝利を収めます。するとくるみ割り人形の姿が美しい王子様となり、クララをお菓子の国へと招待しました。くるみ割り人形の案内で、雪の世界やお菓子の国の女王から歓迎を受けたクララは、とても楽しい時間を過ごします。

そして夜が明けるころクララが目を覚ますと、そこはクリスマスツリーの下でした。クララはくるみ割り人形のそばでいつのまにか眠りについていたのです。しかしとても幸せな気持ちになっていたクララは、くるみ割り人形をしっかりと抱きしめるのでした。


目まぐるしく変化する物語のシーンを、15曲編成で構成されています。明るくなごやかな気持ちやおどおどしながらも無邪気なクララの心理、ねずみの軍隊との闘いの場面が見事にチャイコフスキーの楽曲と融合され、くるみ割り人形の世界観を楽しめる公演内容となっています。





結び

クリスマスシーズンが近づくころ、クリスマスツリーに兵隊の人形が飾られているのを見かけたことはないでしょうか。これは、くるみ割り人形なのかも知れません。またくるみ割り人形の楽曲は、案外私たちの身近なところで流れているのはご存じでしょうか。実は学校の校内放送やテーマパーク、またはテレビCMなどでも使用されています。くるみ割り人形はクリスマスの夜のお話ですので、きっとクリスマスが近づく季節には、街のいたるところで奏でられるようになり私たちの耳を楽しませてくれるでしょう。クリスマスイブの夜、くるみ割り人形の楽曲を鑑賞しながらチャイコフスキーの世界を楽しんでみるのも、クリスマスの楽しみ方のひとつなのかもしれませんね。



参考文献

作曲家別名曲解説ライブラリー チャイコフスキー
ウイキペディア くるみ割り人形

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