文庫本のあとがきや、映画やコミック、アニメの批評を読むと、「そういうことだったのか!」と目からウロコが落ちるような思いをしたことはありませんか?
評論家と自分は同じものを見ているはずなのに、どうしてこの人たちはこんなに深く理解できるんだろう、自分もこんな風に、直接言葉で言い表されていない登場人物の心や背景をもっと理解できるようになりたい…と思ったら。
「良かった」「おもしろかった」「感動した」以上の、もっと自分自身の気持ちにピタッとくる言葉で、感想が言えたら…と思ったら。
たぶんあなたの心の中に「評論家マインド」がひっそりと息づいているのかもしれません。そんな評論家の芽を育てるための第一歩、評論の基礎の基礎をここではご紹介します。
※注:政治評論家や経済評論家など、評論にはさまざまな分野がありますが、ここでは「小説やライトノベル、コミック、アニメ、映画」など、フィクションの作品として表現されたものの評論に限定しています。
・評論とは何か―感想文でも、批判のための道具でもない>
おもしろい本を読んで、この本の魅力を伝えたい、と思ったとします。自分がいかに感動したか、どの部分が特に好きか、自分は過去に同じような経験をして、そのときの記憶がまざまざとよみがえってきた…と書いたとしたら、それは評論ではなく、感想文、またはその作品についてのエッセイです。
それに対して、「この作品がユニークなのは、ここでこうなるからだ」「登場人物がリアルだ、それはこの場面とこの場面での登場人物の行動に表れている」という風に、人を納得させるために論証するのが評論です。さらには多くの人が見逃している伏線や、心の動きに着目して「ここを理解していれば、もっと作品を楽しむことができる」と指摘するのも評論の仕事です。
「自分がどう感じたか」を中心に置いた感想文にもおもしろいものがたくさんあるし、ブログなどで発表し、多くの人に共感してもらうこともできるので、「あくまで自分の立ち位置にこだわりたい」という人は、感想文やエッセイを目指してください。そうではなく、もっと客観的な観点から作品について語りたい、という人は、ぜひ評論家を目指してください。
もうひとつ、評論とよく似た言葉に「批評」というものもあります。実際にはこの区別は非常にあいまいで微妙なものなのですが、一般的に「価値判断を下すこと」が批評で、それをもとに「論ずること」が評論であるとされています。つまり「これは良い(ダメな)作品だ」というのが批評で、その理由をほかの人も納得し、共感できるように、きちんと理由づけて説明しているものが評論だと考えることができます。
ただ、ここで気をつけたいのは、私たちは良い作品にふれたときと同様、自分が「ダメだ」と感じたときにも、ほかの人に共感してもらいたくなり、評論したくなってしまうことです。特に誰かそれをほめているのを聞いたときには、思わず攻撃的になってしまうかもしれません。しかし、私たちが「ダメだ」と思うのは、自分の側に知識がなかったり、受け入れるだけの土壌がないだけの可能性もあるのです。
また逆に、本当につまらないもので、見る価値もないものだとしたら、なぜダメなのかを延々と論証するよりも、サッサと立ち去ってしまえばいいだけの話です。
ある程度の知識と経験がある人は別として、これから評論をやっていきたいと思う人であれば、「なぜダメか」という評論ではなく、自分が「すばらしい」「この良さをもっとみんなにわかってほしい」と思えるものを取り上げてみてください。
・評論はどこに着目するか>
プロ野球で解説者がピッチャーの解説をしているのを聞いたことがあるかもしれません。フォームがどう、さらには腕の振りとか手首の使い方とか、細かく指摘しています。それと同じで、評論するためには、作品全体を見るだけでなく、いくつかのポイントごとに、細かく見ていく必要があります。ここでは、評論するためにはどのポイントに着目する必要があるのか、その要点を挙げていきます。そこに気をつけながら、作品を具体的に観察してください。評論をするためには、まずはその分野の作品を大量に読んだり視聴したりする必要がありますが、その場合も以下のポイントに注意し、ノートを作ってみてください。これがいわゆる評論家としての基礎トレーニングです。
小説でもラノベでも、コミックでもアニメでも映画でも、押さえておくべきポイントは同じです。
・プロット>
ストーリーの中で起こる「出来事」に注目します。何が起こり、それに対して主人公はどう行動するのでしょうか。そして見終わったら、それを一文のコンセプトにまとめます。
あらゆるプロットは「主人公が~する話」、または「主人公が~になる話」の形を取っています。たとえば映画『君の名は』であれば、「2人の主人公が地球に落ちてくる彗星から町を救う話」です。「瀧と三葉が恋人になる話」と考えることもできますが、メインとなるプロットは「出来事(起こったこと、これから起こること)」を軸に組み立てられているために、「~する話」と考えた方がわかりやすいと思います。
小説でもコミックでも同じです。『走れメロス』であれば「メロスが約束を守るために走る話」だし、『約束のネバーランド』であれば「孤児たちが自分の居場所を求めて戦う話」、スティーヴン・キングの『シャイニング』であれば「幼い男の子が狂気に陥った父親から自分と母親を守る話」です。また『のだめカンタービレ』などのように、出来事がメインプロットではなく、「主人公が一流ピアニストになる」ということがメインにくる作品もあります。
小説でも映画でも、この1文で終わるプロットを、終わらせないさまざまな仕掛けがほどこされています。私たちはその仕掛けに引きずり回されながら、結末まで引っ張られていくのです。よくできた作品ほど、仕掛けが複雑なため、私たちはこのプロットを、つい見失ってしまいます。だからこそこのトレーニングが必要なのです。
一文にまとめることで、さまざまな要素を取り払い、核になる出来事をつかみとることができるようになります。
プロットを1文でまとめてみると、『君の名は』と『アルマゲドン』が同じプロットを持っていることに気づくはずです。『約束のネバーランド』と『あしながおじさん』も『シンデレラ』も同じプロット(戦いの中身も求める居場所もずいぶん違いますが)、『シャイニング』と『モスキートコースト』も同じプロットです。
実はプロットというのはそれほど種類は多くないのです。にもかかわらず、それがまったく異なるものとして私たちを楽しませるのは、作品の舞台や語り口、そして何より登場人物に違いがあるからです。同じプロットを持った作品を比較することによって、逆にその作品の特徴を浮かび上がらせる、という評論の方法もあります。
・障害>
つぎに、そのプロットを達成する障害となるものを取り出します。障害が大きく、また説得力があるものであればあるほど、読者や観客はそのストーリーに夢中になります。『君の名は』では、「主人公たちは町が破壊されて大惨事になることを知っているのに、ほかの人たちは知らない」ということが「障害」に相当します。
その作品での障害とはいったい何で、主人公はどうやってその障害を乗り越えていくでしょうか。その乗り越え方が意外なものであれば、受け手の側は驚き、感動します。その乗り越え方がありきたりだったり、運任せだったりすると、よほどほかの要素(キャラクター造形や語り口)に魅力がない限り、つまらなく感じます。
・サブプロット>
物語の核となるプロットの効果を高めるために、また、視聴者が主人公に感情移入しやすいように、ストーリーにはサブプロットが用意されています。これは非常に多くの場合、恋愛が使われます。たとえば『君の名は』でも、観客は町の運命と同じくらい(時にはそれ以上に)、瀧と三葉がどうなっていくか気になります。そしてストーリーの進行に大きな影響を及ぼし、「障害」の克服の助けになっています。そしてストーリーが終わるとともに、サブプロットにも決着がつくようになっています。
本やアニメを見ながら
・サブプロットは何か
・メインプロットと関連しあっているか
・ストーリーの進行に影響を与えているか
などをチェックしながら見ていきましょう。
・フック>
たいがいのフィクションでは、始まってまもなく、読み手や観客がストーリーに引きつけられるような何かが起こるはずです。『君の名は』でいえば「入れ替わり」がそれにあたります。『約束のネバーランド』では、グレースフィールドの秘密が明らかになること、夏目漱石の『こころ』では、主人公が不思議なたたずまいの先生に会うことなど、「これからどうなるのだろう」「結末が知りたい」と思うような「何か」がかならず起こるのです。
フックは何か、そしてこのフックが結末にどのような影響を与えるのかを突き止めることは、作品を深く理解するために非常に重要です。
・キャラクター>
フィクションで一番大切なのがキャラクターだといっても過言ではありません。出来事は人間が生み出すものだからです。読者や観客は、自分とどこか共通点を持つ登場人物と一緒になって、出来事をともに体験することが楽しいと感じるのです。
ここではキャラクターの何を見るかを詳しくみていきます。
1.キャラクターの背景…多くの場合、徐々に明らかになっていきます。ちょうどロールプレイングゲームの進行に合わせて、主人公の旅の目的が明らかになっていくのと同じです。はっきりした悪役がいる作品の場合は、悪役の背景も最初は隠されていることが多いです。メモを作るときは、どんな背景が、何をきっかけに明らかになるかをチェックしておきます。
2.キャラクターの葛藤…「ダイエットしたい、でもケーキも食べたい」などというように、私たちは日常的に「Aもしたい、でもそれと相反するBもしたい」という、まったくベクトルの異なる欲求に引き裂かれています。フィクションでは、主人公のこの葛藤が物語を動かす原動力になっています。たとえば三葉は代々続く神職の家に縛られながら、一方で都会にあこがれ、田舎の生活に息が詰まりそうに感じています。
3.キャラクターの動機…葛藤とも関連しますが、主人公は何を求めているのでしょうか。悪役も同様です。主人公はなぜそれを求めようとしているのか。障害に対してどう立ち向かうのか。詳しく理解すればするほど、作品の理解も深まっていきます。
4.成長…作品を通じて、主人公は成長していきます。最初と最後がまったく同じで成長がない主人公であれば、私たちはなんとなく読んで損をしたような気持になります。障害や葛藤の中で変化し、成長していくのとともに、私たちの心も成長していくからです。
5.魅力…私たちはなぜ主人公に惹かれ、応援したいと思うのでしょうか。その理由を主人公の行動や思考から見つけてください。
・セリフ>
良いセリフというのは、その人の歴史や願望、感情、思考を自然に表すものです。そのセリフには、高校生としての、あるいは長い年月を生きてきた人としてのリアリティがあるでしょうか。ストーリーの中できちんとはまっているでしょうか。「忘れたくない」と思えるようなセリフでしょうか。
・実際に書いてみよう>
このノートをもとに、ある作品について、自分はどういうところが「すばらしい」と思ったかをまとめてみてください。おそらく、これまでよりはずいぶんしっかりと読みこんでいることが、自分でも実感できると思います。
短くても良いので、作品について書いたものを最初から最後まで書き上げることです(多くの人は、1/3あたりでたいてい飽きてしまいますが、飽きてきたらもう一度ノートを読み返してください)。書き終わったら、他人の目でそれを見てください。自分が楽しんでそれで終わりになっていないか。読むことを通して、何か発見があるか、得るものがあるか。あなたの「好き」という熱量が伝わってくるか。
それがクリアできている…と思えば、ウェブで発表してみてください。あなたが好きなものが、誰かの心に届くことを願いながら…。
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著者名:西崎さと子
(ライター、翻訳家)
企業勤めのかたわらで創作講座への参加と同人誌制作をいくつか経た後、地元にUターン。
産業翻訳のバイトをしながら、地域のカルチャーセンターで創作の講座を持つ。
物語論や文学理論をラノベやSF、ミステリの中でわかりやすく展開することが夢。