とくに熱心な漫画少年ではなかったので、その絵を知ったのはファミリーレストラン・デニーズのメニューに描かれたイラストが最初だったかもしれない。日本のジメジメした気候風土とは異なる、鮮やかでカラッと爽やかな空気を感じる作風だった。今にして思えば、その絵に「ポップ」を感じたのだろう。
1995年にストーリー漫画のさまざまなシーンから日本社会の戦後50年を振り返るという、一風変わった展覧会『マンガ半世紀展』を、評論家・呉智英さんと一緒に作った。故・手塚治虫をはじめ100人以上から原画をお借りした中に、江口寿史の名前もあった。借りたのは漫画原稿ではなく、外食ブームの象徴としてのポスターだった。
半世紀展から二十余年、その間に『畑中純の挑戦』展、『永井豪世紀末展』などを経て、今、江口氏と共に『彼女展』に携わっている。
2016年の夏に『KING OF POP』展の京都会場で初めて江口氏のライブスケッチを目の当たりにした。公募モデルを即興で描くイベントだ。真っ白な紙の上に、まるで最初からそこにあったかのように、的確な線で、ポートレートを浮かび上がらせる江口氏のイメージの豊かさ、柔軟なペンさばきに興奮した。稀代の素描画家がそこにいた。凄い、(当時赴任していた)北陸・金沢に絶対お呼びしよう、と決心する。
『彼女展』は、それまで巡回していた『KING OF POP』展をいったん解体し、江口氏の「女の子のイラスト」に絞って再構築した企画だ。理由は明快で、私は江口氏が現代における美人画の先駆者の一人であり、今もその最右翼であると考えていることと、何より江口氏本人がその点について極めて意識的だからだ。本展の副題は「世界の誰にも描けない君の絵を描いている」という江口氏の矜持である。女はいつの時代も綺麗でありたい―メイクやヘアスタイル、ファッションに敏感なお洒落な女性たちは、時代と流行を映す鏡であり、江口氏自身がそうなりたかった憧れである。そして彼は40年にわたってその憧れを描き続けてきた。その意味で彼の絵はクリムトやシーレの素描と何ら違わない。ひとつの線で女の色香(エロス)を捉えようとする執念だ。
『彼女展』は監修に美術批評家の楠見清氏(首都大学東京准教授)の協力を仰いだ。楠見氏の著書『ロックの美術館』のカバー画を江口氏が手掛けたお返しでもある。楠見氏と三者で議論を重ね、構成と作品を固めるのに、江口氏の多忙もあって半年を費やした。
彼女展は全6章のストーリーから成る。章タイトルは楠見氏の命名。
第1章「遭逢―ポップの美神たち」
大画面のキャンバスで江口作品の特徴を大写しにした。小さな原画を100号ほどに拡大しても確かなデッサン力ゆえ何ら破綻がない。江口氏の「ポップ」感が炸裂する。
第2章「恋慕―マンガからイラストレーションへ」
80年代初頭の漫画連載扉絵から現在に至る、イラストレーターとしての江口寿史が確立していくプロセス。たくさんの生の「線」を間近に凝視できるのは展覧会ならでは。
第3章「素顔―美少女のいる風景」
99-00年に手掛けた漫画雑誌の表紙。実在する街の人物をコピックというマーカーで描く。微妙なグラデーションを自在に操る当時の彼がいる。パソコンで着彩する制作スタイル以前の、最後の手塗り作品群。
第4章「艶麗―ワインを持った女たち」
02年から続くワイン情報誌「リアルワインガイド」の表紙。実は冒頭のデニーズの担当の方がその後独立して発行した媒体で、江口氏が表現の可能性を探る実験の場になっている。
第5章「青春―音楽とファッション」
レコードジャケットやTシャツなど、ミュージシャンやファッションブランドとのコラボレーションの数々。江口氏が愛するモノとお洒落が垣間見える。
第6章「慈愛―いまを生きる彼女たち」
街を行き交う女の子たちを等身大の軸装で展示。毎年夏、吉祥寺の商店街(アーケード)に広告フラッグとしてはためく彼女たちは、美術館内をキラキラと歩き、お喋りを楽しんでいる。
金沢は江口氏が心の師・山上たつひこ氏を訪ね毎年のように通う地で、金沢での開催は江口氏の望むところだった。当初金沢単発の一か月で終わる話だったが、展示作業初日に変化が生じた。大判のキャンバス作品に囲まれて作者本人がことの意味を理解したのだ。
「いいわ、これ。続けたいね」
もっとたくさんの人に見てもらいたい江口氏の想い、そしてツイッターに寄せられた「圧倒的!」「うち(の県)でもやってください!」という多くのファンの声援が背中を押した。
そして『彼女展』は18年4-5月の金沢21世紀美術館に始まり、19年4-5月に明石市立文化博物館で開催、9月16日まで筑西市のしもだて美術館で開催中だ。開催の度に新作が加わる。
絵は本当に果てしない。だからやめることができない―江口寿史の言葉だ。
多くの人々に支えられ、江口寿史とともにこれからも『彼女展』は進化を続ける。
東京新聞事業局文化事業部 阿部 康
ライブスケッチ。江口氏のペンの動きを、息を殺して熱心に見つめる。(7月14日)
大判キャンバスに出力されたCDジャケット画。ポップな線と明快な配色のキレ。
吉祥寺サンロード夏キャンペーン・アドフラッグ。彼女たちの息遣いが聞こえる。
会場は撮影OKだ。熱心にディテールを撮る人が多い。
総点数は380点強。「何時間でもいられる空間」というファンも。
アクリル1枚越しに手描き原画を間近でじっくりと堪能できる。
夏休みはぜひ下館に足を運んでほしい。高校生以下は無料。とくに絵を志す人は必見だ!
【会期】
7月13日[土]~9月16日[月・祝]
【会館時間】
10:00~18:00(入館は17:30まで)
【休館日】
月曜日(ただし、7/15・8/12・9/16は開館し、7/16[火]・8/13[火]休館)
【入館料】
一般800円、団体(10名様以上)750円、高校生以下無料
※本展会期中発行の板谷波山記念館入館券の半券をご提示いただくと、700円でご覧いただけます。(本券1枚につき1名様1回限り)
※本展入館券で夏季所蔵品展もご覧いただけます。
※障がい者手帳等お持ちの方と付き添いの方1名様は無料です。
※毎月第3日曜日「家庭の日」(7/21・8/18・9/15)は高校生以下のお子様連れのご家族は無料です。
https://www.city.chikusei.lg.jp/page/page005782.html”
(しもだて美術館公式HP)
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