私がイラストレーターになるまで- 原田ちあき -

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イラストレーター/漫画家として大活躍中の原田ちあきさんがBUNCAコラムに登場!「不老不死になりたい」という想いから様々な経験を経て、イラストレーターになるまでを執筆していただきました。ぜひご拝読ください!

私がものを作る人になりたいと思ったのは幼稚園の時のことだった。

この頃から高校生になるぐらいまで、私は漠然と「死」が怖かった。
最近になってなぜ死が怖かったのかを思い返してみたのだが、幼稚園の頃に母方の祖父が亡くなり、家に帰ると毎日母親が自分の兄弟に泣きながら「お父さんが死んじゃった〜!エ〜ン!」と電話をしていたのである。

おそらくその頃に私の「死」に対する妄想がモクモクと膨らんでいったのだ。

死ぬと周りの人が泣く。

何故泣くんだろう?
地球上からいなくなるから?
天国に行くから?
いや、天国ってそもそもあるのか…?
お化けって本当に存在するのか…?
見たことがない…!
曖昧すぎる…無かったらどうしよう!
何も無くなっちゃったらどうしよう!
いつかこの体もおじいちゃんみたいに燃やされて無くなってしまうんだ!
どうしよう!!!

眠る前、毎晩必ずこの一連を想像をした。怖かった。怖すぎた。怖すぎてめちゃくちゃ泣いた。
「不老不死になりたい」と何度もベッドの中で祈ったことを今でもとてもよく覚えている。

ただ、自分は不老不死の人を見たことがないし、そんな存在になることも無理なんだろうなと幼稚園児ながらにうっすら理解していた。
だから形のあるものを作りたかったのだ。なんでもよかった。
動画でも文章でも絵画でも粘土でも、自分の生きた証拠をどうにかして世界にばら撒けば、いつか誰かがそれに感動して、私の死後に私を復活させてくれるんじゃないか…?と思ったのだ。
私の衝動にはいつだって「死」が付き纏っていた。

とにかく死にたくない。
私は「何でもいいから後世に残る何かを作らなければ!!」という衝動で大阪にある港南造形高等学校というところに進学した。
ここは美術の専門高校で、ガラス、陶芸、絵画、イラスト、漫画、彫刻と、とにかくものを作りまくれるのだ。

しかし入学式当日、私は早くも美術の道を挫折することになる。
入学式の挨拶が終わりそれぞれ教室が割り振られ、席に着くのだが、生徒たちが皆先生の話も聞かずに机に落書きをしはじめたのである。その落書きの上手いこと上手いこと…

それはそうだ、私は死なないために入学したけど、みんなは良い作品を作るために入学した。情熱に差があって当然だと思った。
「こんなに絵が上手な人がたくさんいるなら、私の作品はきっと後世には残らない!」と入学初日、早々に私は美術の道を諦めた。

その後、美術から逃げるように高校で演劇部に入り、そこで3年間演劇に明け暮れた。
自分に向いていそうな事らばなんでもよかったのだと思う。

そこからお笑い芸人を目指すようになり、私は学年でただ一人進路希望調査に「お笑い芸人になる」と書いて提出した。
お笑い芸人になればお笑いの公演をして、DVDが残せるかもしれない!うまくいけばテレビとかにも出られちゃうかも…!テレビに出たら自分の死後もデータは残り続けるし再放送をしてくれるかも!なんて思ったのだ。


そして高校卒業と同時に、私は芸能関係の養成所に入ることになった。

しかし、しかしである。

高校の時と全く同じく、私のお笑いの情熱は「死にたくない」に直結していたため、本気でお笑いをやりにきている人たちに通じるわけがなかった。
何度かライブをしたり、エキストラや、挙げ句の果てにはアイドルのオーディションまで受けさせてもらったが、やはり向いておらず、2年ほどで養成所を辞めてしまった。デジャブだ。

何かになりたい。しっかりしたい。でも何にもなれない。
この頃の私は周りの友達がしっかりしていくのと反比例している自分の現状に、少し焦り始めていた。

その頃、芸大に進んでいた高校時代の同級生が「授業で展示の企画を任せられたから、何か作品を出展してくれないか?」と声をかけてくれた。
ものづくり自体はそもそも大好きだったため、卒業してから書き溜めていたイラストをまとめ、小さな絵本を作った。

展示会場にその絵本を飾り、横に感想ノートを置いていたところ、自分の予想よりたくさんの感想がノートを埋めていて驚いた。
とても嬉しかった。もしかするとそのノートを開いた時、それまでの人生で一番嬉しかったかもしれない。
その嬉しさが忘れられず、私は誰に発表するわけでもなく家にいる時間は作品を描き続けた。

この時私は初めて「死」に対してではなく、自分に対して作品を描いたのだ。
自分に作品を書くのは楽しかった。ただ好きなように、上手に描けるように手を動かせばいいのだ。

丁度その頃Twitterが日本で流行り始め、ネットに作品をアップするようになった。
自分のために作品を作ると誰かが見てくれる。
じゃあ今度は見てくれたり感想をくれた誰かに向けて作品を書くとどうなるんだろう。
誰かのために作品を描くと、自然とまた見てくれる人が増えて、それまで「死にたくない」が夢だった私が「イラストを描く人になりたい」と明確な自分の将来を想像するようになった。
ここから私のイラストレーターとしての人生がヌルッと始まるわけなのだが、人生の進路を決めたり、夢を持つのって人それぞれのタイミングがあって、きっかけなんて何でもいいのだと思う。



 

もちろん死ぬのが怖いからでもいいし、60代から急にやりたいことを見つけたって尻込みせずに始めていい。
何歳からでも「始める」ってかっこいいことなのだ。
とにかく気になることはやってみて、向いてないと思ったら辞めちゃってもいい。
私も色々挑戦しては辞めてきたけど「無駄になったな〜」と思うことは1つもない。
芸人を目指していたことだって、人前でおしゃべりするときに役に立っているし、高校だって、やっぱり基礎を習えていたから今があると思う。

ポジティブ過ぎる表現かもしれないが、無駄な感情も無駄な過去もないのだ。
これからも気になったことに雑に手を伸ばし、おいしいところをおいしいまま味わって、失敗したらちょっと落ち込んだ後にガハハと笑って生きていきたいと思っている。







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Author Profile
原田ちあき
イラストレーター・漫画家
大阪在住
ウルフルズ、ゲスの極み乙女。sukekiyo などのグッズデザインを担当するほか、美術家、コピーライター、テレビや映画出演など活動が多岐にわたる為、自らの職業を「よいこのための悪口メーカー」と称し活動している。
Instagram: @cchhiiaakkii9
Twitter: @cchhiiaakkii
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