自分の信じたものそれだけが絶対。- さいあくななちゃん/saiakunanachan -

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私は28歳女現代芸術家として9年間間活動している。
今年の秋からロンドンに拠点に移し、ロックダウンの最中この文章を打っている。来年は晴れて活動10年目に差し掛かる。月日はあっという間なんかでは、無かった。そして今この年齢になって、20代前半と周りの環境がかなり変わった現実がある。自分が20代前半の時には、周りの同世代の人間が芸術であれ、音楽であれ、やってる人間が多かったが、ほとんどがステージを降りて結婚や、全く違うものに向かっていき気づけば「残ってる」そんな現状だ。



私は大して売れてもないし、グーグルで検索すると「メンヘラ」「病気」「年齢」「評価」がセットででてくるので正直グーグルだけなぞると死にたくなる。なのでここ何年かは自分をなるべく調べないように、客観視しないように、とにかく自分の顔面を殴り続けて睨みたい道を睨み続けてきた気がする。
「強くて良いですね。」とよく言われる時があるけれど、自分ではなかなか自分が強いだなんて思えない。臆病だから、迷うから、不安だからこうしてこんなことを書いているし、そんなこと何も気にしない人が一番「強い」のだ。
そんなことをよく思う。年齢とか、結婚とか、スペックとか、ルックスとか、収入とか、何もかもどうでも良くてさ、そんなことが「強い」と思う。そんな強さが欲しい。でもそんな人間にはなれない。



私は普通の人間だ。現代芸術家だと、特別視されるときがあったり、普通の感覚と違うと思われる時があるけどそんなことはない。私は現代芸術家としてより、そんな風に迷って、立ち上がって、また転んで、進んで、曲がって、でこぼこな人間として歩んで生きたいのだ。作って「生きたい」のだ。そうよく思う。
自分が自分で発する言葉に、よく「強い」と言ってもらえる言葉達は、自分を奮い立たせるために、自分がその言葉がほしいがために言ってる時がとても多い。何にも諦めないために。芸術もしかり。自分の絵が自分にはどうしても必要なのだ。
28歳でも、アラサーでも、たいして売れてなくても、なぜかロンドンに来て、なんの保証もないくせに、自分の信じたことだけやってる「現代芸術家 さいあくななちゃん」が自分の人生に必要なのだ。そしてそんな風に生きてる自分の魂が自分は好きなのだ。気づいたらそんな風に思えるようになった。

しかし生きること以外に、自分なんか死ねばいいのにと未だによく思ってしまう。
自分の手で自ら命を落とそうとした瞬間がもう数え切れなくなった。こういうことを言うとすぐに「メンヘラ」なる言葉にカテゴライズされることが多いので、「死」について書くのがものすごくめんどくさい社会になったと思う。そして、本気で死にたい人間に対して無礼だと思う。「生きる」についてもだけど。そういった「死」とか「生きる」とか熱いものが削がれ続けて、もっと表面上がつるりとして、すぐにグーグルで検索すればでてくるものがメジャーになれる社会構造になってきていると思う。そういった利口なものたちにどうしても共感できなくて、下手くそを求め続けてしまう。失敗を美しいと思ってしまう。熱いことがかっこいいと思ってしまう。
なぜ「死」と「生きる」というものが嫌煙されるのかというと、ググったところでわからないからだと思う。考えなければならないのだ。考えるということは、自分と対自しなれければならないのだ。そういった魂を使う普通の人間としての行為が、「めんどくさい」のと、対自しなくてもグーグルでわかった気になることに世の中が慣れたのだ。

そして簡単に「メンヘラ」という言葉またそれ以外の、カテゴライズできる言葉が生まれてしまったせいで「わかったふう」になる。だから私の検索ワードが「メンヘラ」「病気」「年齢」「評価」という「わかったふう」に閉じ込めるため、または「自分より劣っている」として自己を保つための検索ワードが上がってくるのだ。輪郭だけなぞるのはいい 加減にして欲しい。私は生きてる。言葉にならないほどに。何にも当てはめられなんかしないぐらいに。というか、私に限らずどんな人間だってそうなんだよ。何にも当てはまらない。何にも似てない。あなただけの、魂なんだよ。いびつで行こうぜ。誰にも屈するな。どんな人間にだって。上司にだろうが、先生にだろうが違うと思ったら中指たててやればいい。そんな風に生きて生きたい。自分の信じてるロックンロールみたいなものが、まかり通る世の中になってほしい。そんな音が響き渡ると未だにこんな冷え切った世の中にだって、信じて今日だって描いてやる。



自身の検索ワードに、この世の中の風潮を感じているけれど、今の世の中は、職場だろうが学校だろうが検索ワードが毎日脳内でかけられてる危険な世かもしれない。
あなたの目の前には何が広がってますか。どんな景色が見えますか、どんな気温で、誰の体温を感じて、誰を大切にしたいですが、何をしたいですか、何もしたくないですか、何をしていいかわからないのですか。こんな普通なことに立ち向かうだけが、戦うということだと思う。何も調べないで、自分で自分を生きているというのは戦うということだと。熱い魂を感じ続けるということは戦うということだと。世の中なんか、社会なんか、グーグルなんか信じべからずだ。己を信じろ。

自分の信じた生きることを絵画に描きたいと強く思う。そんな強い絵が描きたい。あなたの人生はどんな絵を描きますか。グーグルで満足でしょうか、いやそんな風に満足してる人間達に話をあわせては夜を超えてるのでしょうか。拳を一人握りしめているのでしょうか。人生のキャンバスが真っ白なままだと退屈だ。綺麗なままでも退屈。己の絵の具を今日も振りしぼるのだ。汚い色も、明るい色も、キャンバスが破れても。どんなものにも屈せずに。自分の信じたものそれだけが絶対。







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Author Profile
さいあくななちゃん/saiakunanachan
現代芸術家

活動当初本名で活動していたが、バイト先の同僚に自身の絵を「さいあく」と評され、本名の「なな」に「さいあく」をつけてさいあくななちゃんと名乗り2015年から都内を中心に個展を開催。芸術の分野にとらわれず自身が音楽好きなことからミュージシャンとのコラボやグッズ提供、アパレル展開など幅広い分野で活躍し、現代美術シーンに殴り込む。第21回岡本太郎現代芸術賞で大賞である岡本太郎賞受賞。その後NYにて個展も開催。2019年4月に初画集「芸術ロック宣言」(DLEパブリッシング)刊行。2019年には ノープランで渡英したのち、現地にて自身で売り込みロンドンでの初個展開催成功。2020年からはロンドンに拠点を移し活動中。
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