「NOVELS WARS」 #16- 嶽本野ばら -

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作家:嶽本野ばら先生による小説家講座「NOVELS WARS」前回に引き続き番外編!読者へのお手本として野ばら先生自ら完全新作となる短編小説「がんばれ太宰くん#3」をご執筆いただきました。BUNCAでしか読めない野ばら先生の新作、是非ご拝読下さいませ。

このエッセイは小説が書きたい作家志望者にアドバイスをする熱血文章であり、僅か数分で、無名で荒廃している今の貴方を未来の芥川賞作家に仕立てる奇跡の技を余すところなく伝えるものであるのだが、実際にお手本がある方が良かろうと僕も新しい小説を読者への挑戦状と銘打ち、書くことにした。

(拍手と歓声が湧き上がり、)

ノベルズウォーズ番外編

(文豪村は冥界に入った作家達が住まう場所。そこに入った太宰治は自分が皆からハブかれた存在であるのを知る。味方は織田作之助のみ。そんな織田は大派閥の中心的人物、泉鏡花に私怨をたぎらせていた。)

がんばれ太宰くん



 冥界に入るまでに閉じ込められていた場所は“無”とでもいう場所で、縦も横も何も感知やれない。
 冥界に入り暫く経つと、徐々に娑婆にいた時の感覚、己の姿、世界の輪郭、声、色、匂いなどを取り戻せるようになります。時間の感覚も認識可能となる。そうして自分がかつて、恐ろしく長い期間、何もない処に留置されていたのを朧げながら察する。生まれる以前、母親の羊膜の中で生活していた時の記憶がないようなものなのかなと、私は勝手に推測しています。織田に書きかけの原稿をボツにされたので、私はそんな内容の差し障りなきエッセイを拵え、『冥界日日新聞』の日曜版に載せて貰うことにしました。
 冥界では肉体を持たぬし、飯を食う、酒を飲むなどしなくてよいのですが、娑婆の慣習を私達は踏襲します。よって、住居や食事も必要となる。なくたってやっていけるのですが、一旦、それを認知すると、持たぬ状態をとても不便に思ってしまうようでした。
 とまれ、私は自分が建てたものではないにせよ、墓を禅林寺から移動して貰わねばと、娑婆に伝達する方法を探したのですが、やれぬらしい。霊となって娑婆に戻るとか、そういうのは物理的に不可能なのだと織田が説明をくれました。冥界と娑婆は別の時空にあり、娑婆から冥界への介入がやれないと同様、冥界から娑婆へのそれもオカルトでも用いぬ限り無理。「Cogito,ergo sum——我、思う故に我ありの限界は、娑婆もここも同じってことやね」とラテン語なんぞを得意げに持ち出し、織田は語りました。
 『冥界日日新聞』に掲載された原稿の反響はある程度、良いものだったらしい。坂口安吾が誉めていたと、織田から私は報告を受けました。坂口はやはり『冥界日日新聞』の日曜版にて、クロスワードパズルを担当している。数通りの答がある妙なクロスワードパズルなどを熱心に考案し、たまに「読者への挑戦状。このパズルの答が出せた者には金一封を贈呈」と添えて書き、文豪村の読者を楽しませたり呆れさせたりしているといいます。人をナメたような娑婆での性格は冥界でも健在ということでしょう。
 しかし文豪村で『冥界日日新聞』は二流の新聞とされます。最も広く読まれ権威を持つのは『冥界バタビア』で、これには紀貫之や在原業平が寄稿することがある。編集や記事を書く仕事は若手の仕事。しかしこの『冥界バタビア』でそれを任されるが、明治・大正・昭和に娑婆にいた小説家には最高の栄誉で、文豪村での出世を保証するものとなる。現在は尾崎紅葉をトップに据える川端派閥から多く人員が輩出されている。「故に文豪村の主流は奴等ということになるんやわ」——二流の『冥界日日新聞』ですら日曜版しか担当させて貰えない織田が歯ぎしりをし、今朝の『冥界バタビア』の読み物欄の面を開いて、ある片隅の小さなコラムを指差しました。
「リレーコラム。今回の執筆は泉鏡花さん——」
「読んでみろや」
「先頃、書生のOという与太坊が犬を拾い飼い始めた。尨犬をメロスと呼んでO、台所で飯の支度をさせるが加里すら満足に拵えられぬ鈍、飼い主に似て——? メロスって私のことか?」
「あてこすっとるんや。僕が太宰を引き受けて『冥界日日新聞』で紹介したのを同類相憐れむ——美談と称しバカにしくさる」
「娑婆では同じ無頼派——私の同類にされた織田先輩には、せっかくの親切、気の毒なことをしました」
「そうやない。泉の奴が同類相憐れむとする同類は、大阪の田舎者が東北の田舎者とつるんで——という意味なんや」
 確かに先を進めると、「メロスなどと西洋風につけるのがとんだ野暮天」というふう、古風な筆致を使いつつ、私をダシに織田をからかっているよう読み取れます。
「こんなことやったら、君が最初の川端先生への罵詈雑言の原稿、ボツにせんとそのまま載せたったらよかった」
「それをしたら、私が非道い目に……」
「茉莉さんが面白がって、今度は狂犬病予防接種を呼び掛けるデモ行進をするって話や。君なんて助けるんやなかった」
「……」
「鴎外教皇はそもそも医者やしな、狂犬病蔓延の処置活動と謳われたら、娘に加勢せざるを得んやろう」
 私は『冥界バタビア』の上に右手を叩きつけるように開き、腰をあげると威勢良く台所へと向かい、出刃包丁を持ち、織田の前に踵を返しました。
「織田先輩——。私、泉のタマ、とってきます」
「太宰……」
「冥界でのこんな行為がどう処罰されるのか、そんなことは知りゃしません。しかし織田先輩への非礼、泉のタマと引き換えに詫びれるのならば。ついでにあの川端の白髪首も諸共、掻っ切り、本懐を遂げたあかつきは私も自害の覚悟。止めないで下さい。先輩には迷惑、決してお掛けしません」
「太宰……」
 織田は落涙しつつも、通せん坊するかのよう、前に突っ立ち、私の顔を見つめました。
「織田先輩」
「太宰、君という人は……。頑張れよ」
「は?」
「泉のタマ、とってきさらせ。僕は最後まで見届けてやる」
「えっ?」
「本懐の後、自害に失敗するようなら、僕が君を刺してでも首を絞めてでも、殺してやる」
「はい。否、でもなぁ……。あー、一寸、お腹痛くなってきたかも。明日にします」
「憶したんか、太宰?」
「織田先輩は自殺を試みたこと、一度もないでしょ。僕は薬物、首吊り、色々と五度もやったんですけど、あれって苦しいんですよ。思ってるより数百倍」
「自殺はしてへんが、僕かて肺病で死んでるんや。死ぬのが苦しいのは知ってるよ」
「どんな死因かは知りませんが、泉さんにしろ、また苦しいのは可哀想ですし」
「苦悩は君の専売特許やろ!」
 織田はわざと私の顔から眼を逸らし、握った出刃包丁を睨みました。自ず、私も自分の手にした刃物の先に焦点を合わせざるを得ません。刺すものをなくしてしまった刃先の鋭利のなんと頼りないことか、やんぬる哉、おお高邁なデカダンス、生きることの恥を知らぬ者達の厚顔に、私自身の厚顔に、権力の厚顔無恥に、辟易としつつも哀れなるはユダ、ささやかな金子と未来への怖れに平伏し、引き換えた自己嫌悪、穢れたそなたの心臓の悲鳴は誰の耳にも届きはしない。
「無理です——織田先輩。仮に包丁で乗り込んだとして、泉鏡花は大派閥の中心人物。門弟、用心棒のような者を置き、常に自身の身を守る準備を整えておるでしょう。私のようにひ弱な——鉄棒で逆上がり、一回も出来ないんですよ、私……人間が掲げる凶器なぞ、すぐさま打ち落とされてしまうに相違ない」
 くどくど言い訳を並べたてるのですが、私のそれは血が頭に上った織田に届きません。
「確かに泉のいる尾崎派は、武力でも文豪村随一の勢力や。三島が冥界においてもそれは必要と、勝手に——葉隠という組織を立ち上げ、そこでボディビルのトレーニングや武道の指導を始め、自分らは尾崎派における親衛隊であると息巻き、交代制で尾崎派の重鎮の警護をしとる。基本、冥界は暇やさかい、剣道でも柔道でも教えてくれる者がいるとなると若手が押し寄せてくる。一寸前、娑婆で親交のあった阿部という男が冥界入りしてくるまでは、所詮、作家の遊び程度の集団やったが、そいつが三島の舎弟として働くようになってからはかなりヤバい。何せ、その阿部という輩、作家になる前はガチの暴力団員やったんや。今は、飛び道具の準備まであるとかないとか……」
 そんな警備がなされた陣に、私一人で殴り込みなぞ出来る筈がない。しかし、織田の興奮は醒めぬ様子ですので、私は仕方なく、特攻を企てる振りだけでもするしかないと思いました。私がそうせぬことには、織田はもう私をここに置いていてはくれぬだろう。織田の保護を失ったなら私はまさしく野良犬だ。狂犬病になぞ罹ってはおらぬが、宿無しの孤立無援な野良となるよかない。顔に擦り傷をこしらえ、悔し涙の一筋でも頬に伝わせながら、「全く歯がたちませんでした。無力、不甲斐ない」惨めに己をなじれば、織田とて「無理をいってすまなかった」、私を赦してくれるでしょう。否、逆に身体を張って自分の名誉を挽回しようとした私をとても大切に思い遣ってくれるに違いない。大阪の人間は情に脆いと聞くし、書いたものを読めば無頼派とはいえ、彼が仁義を尊ぶ性質の人間であるは明白だから。
 私は狡い人間なのです。
「織田先輩……。憶病風を断ち切ってきます」
 再度、握っていた出刃包丁を前に突き出し、自分を鼓舞させようと必死に怖れと決別しようとする芝居を打ち、私は外に飛び出しました。私の名を叫ぶ織田の声を背で確かめる。一日、何処かで夜明かしすれば、織田はもういたたまれなくなるだろう。私のことが心配でならぬようになるだろう。泉鏡花がいそうな辺りをうろうろして、誰かに姿を見咎められ、蹴つまずき、転ぶだけで好い。その時、刃物を握っていたという事実だけが伝われば好い。それで織田には私が泉鏡花のタマをとりに行ったと思わせることが敵うのだ。私の行動の訳を訊ねる者に、泣きながら、「織田に合わせる顔がない」と阿呆のように連呼していれば、後はどうにかなる筈です。(続く)










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Author Profile
嶽本野ばら
嶽本野ばら(たけもと・のばら)京都府出身。作家。
フリーペーパー「花形文化通信」編集者を経てその時に連載のエッセイ「それいぬ——正しい乙女になるために」を1998年に国書刊行会より上梓。
2000年に「ミシン」(小学館)で小説家デビュー。03年「エミリー」、04年「ロリヰタ。」が2年連続で三島由紀夫賞候補になる。
同年、「下妻物語」が映画化され話題に。最新作は2019年発売の「純潔」(新潮社)。
栗原茂美の新ブランド、Melody BasKetのストーリナビゲーターを務め、松本さちこ・絵/嶽本野ばら・文による「Book Melody BasKet」も発売。
新刊『お姫様と名建築』エスクナレッジ刊、絶賛発売中。
https://www.xknowledge.co.jp/book/9784767828893
公式twitter @MILKPUNKSEX
公式ブログ https://ameblo.jp/dantarian2000/
公式ウェブサイト https://www.novalaza.com

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