「NOVELS WARS」 #15- 嶽本野ばら -

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作家:嶽本野ばら先生による小説家講座「NOVELS WARS」前回に引き続き今回も番外編!読者へのお手本として野ばら先生自ら完全新作となる短編小説「がんばれ太宰くん#2」をご執筆いただきました。BUNCAでしか読めない野ばら先生の新作、是非ご拝読下さいませ。

このエッセイは小説が書きたい作家志望者にアドバイスをする熱血文章であり、僅か数分で、無名で荒廃している今の貴方を未来の芥川賞作家に仕立てる奇跡の技を余すところなく伝えるものであるのだが、実際にお手本がある方が良かろうと僕も新しい小説を読者への挑戦状と銘打ち、書くことにした。

(拍手と歓声が湧き上がり、)

ノベルズウォーズ番外編

(太宰治は冥界に入りそこに娑婆以上のヒエラルキーがあるのを自分の保護者、織田作之助から教えられる。そして織田も縦社会の仕来り故、泉鏡花に反抗出来ないでいるのを太宰は知ったのだったが……)

がんばれ太宰くん



 我、ここにきてもまた一人、孤独、彷徨う異邦人。それ、アイツを見やがれ、娑婆では小説家だったというが、小説家だか役者だか解りゃしない、道化ているうち心中のお芝居が本当になりこちらに参ったのだとよ、罵る者達、私は太宰ですよ——ええ、向こうでも大した者ではありませんでしたがこちらに来てからは織田という歳下の、さして縁がある訳でもなき男の憐れみに縋り生きさせていただいています。貴方達が私を爪弾きにするからだ。デカダンス。その生活に厭な雲があり仲間に加えぬと申されるか、この村でもよっぽどの聖人君主がお威張りのようだ。
 選ばれてあることの恍惚と不安——。川端先生、貴方だって自殺じゃないか。老いてからのそれだと罪が軽減されずんば、貴方は私よか後にこの文豪村に入り、ヒエラルキーの下、私にその白髪頭を下げる危うい運命だったことをお忘れか? 有象無象の先輩後輩に取り巻かれ、ここでも幅をきかせているが、とんだ猿山のボス、ポンチ絵にしか見えぬ。威張り腐ろうが、ああ、太宰をお殺せなさいますか? 苦悩、苦悩、苦悩! もはや魂しか持たぬ立場は同じなれど、私は娑婆から苦悩を引き摺ってきている。東京で生まれ育ったことがそんなに偉いのか。お前の暗夜は提灯を掲げながら書いた似非。本当の闇の怖さを知っていますか。知っておられるのならそのようにしかつめらしい顔で語りゃ出来ぬ筈。脂汗と動悸で足が竦むんです。一歩も先へ足が、震えて進まないのです。キリスト、ニーチェ、そして私だけがそれを心得ている。
 ——とここまで書いて織田に渡すと、織田はうんざりとした顔で「書き直し!」私に原稿を戻しました。
 文豪村ではいつくかの新聞、雑誌が発行されていて、織田はその中の一つ、『冥界日日新聞』で不定期に出される増刊のような——日曜版と呼ばれる——クロスワードパズルや娯楽案内など軟派な内容の記事ばかりの紙面を作る記者のようなことをしているのでした。
 そして文豪村に新住人があれば紹介するコーナーを担当しています。紹介といっても全員作家な訳ですし、大抵は自身に自己紹介的な原稿を書かせ、それをプロフィールと共に掲載する。織田が「きちんと娑婆での経歴を書いて最後に、不束者故、何卒ご鞭撻の程を——締め括る者も多いけどな、やっぱそこは作家やし、挨拶がわりに創作をぶちかましてもええねんで」と言うので、私は思い切り私らしい文章を執筆しようとしたのですが、織田が待ったをかけました。
「あのなぁ、そもそもイメージが良くない、身元引受けを誰もしたがらない立場やってのは一番最初に、僕、言うたよね。こんなもん発表したら、もう僕の処にも置いておけん、庇いきれんわ。名指しで川端先生の悪口……それに……。いつのまにか矛先が志賀先生に変わってしもてるし」
「小説家なら最初から創作でぶちかませとけしかけたのは、織田先輩ですよ。ちょっと生意気なくらいが、威勢いいって古参には受ける。最近の新人は礼節をわきまえてはいるが、小さくまとまり過ぎて……。かの芭蕉先生すらも、井原西鶴に洩らしたと言った癖に」
「アホ、血気盛んなのと、先輩を批判するとでは月とスッポンや! ここまで露骨に特定の先輩を罵倒したら、マジ、殺されるで」
「ここで、お殺されますと今度はどこへ行くんでしょうね?」
「そんなもん、知るかいな。僕らかて、生きてる時、死んだらどうなるのか、こういう場所に来るなんて一欠片も想像出来ひんかったやろ。同じや、冥界の者が殺されたらどうなるのか、冥界におる僕らには見当がつかん。でも、やっぱり殺されることはあるんや。この世界から全消去されると考える人もおる」
「全消去?」
「うん。つまり君は死んだけど、今、魂は冥界にあるし、君が娑婆におったという事実も残っている。しかし冥界で殺されたら、全部のデータが抹消される。君という存在そのものがなかったことになるという説や」
「……」
「小説家なんてもんは自意識のかたまりやからな。戻ることが出来んでも娑婆に自分が作品を遺してきたということが、魂だけになっても、己の存在の拠り所になる。僕もそうやし、君もそうやろ? 川端、西鶴、芭蕉……文豪村の住人は全員、同じ穴のなんとやらというこっちゃ」
「織田先輩だって悪口言ってるじゃないですか」
「抽象論はええねん。特定の先輩への苦情がアカンって言うとるんや。少なくとも確固たる後ろ盾を持つまでは、どんなに苛められようと、バカにされようと、耐え忍ばんと」
「鍋の後、雑炊——流石、大阪の人ですねと冷笑されても?」
「そうや」
 よっぽど泉鏡花を憎んでいるのでしょう。そのエピソードに触れると、織田の頬が、ひくひくと痙攣します。
「大きな派閥でなくとも、誰もが逆らえない人を後見に持てばいいのでしょ? 門弟ではないが、俺の顔に免じて許してやれ——的なことを言ってくれる人に、気に入られれば。西鶴とまではいかねども、少なくとも尾崎紅葉と肩を並べるだけの住人ならば、織田先輩が泉に公然で平手打ちをかましても誰も怒れない」
「そんな人がいりゃ、苦労せんわ」
「芥川さんとかは、紅葉さんよか年下だけど娑婆では文学界のトップスターだったじゃないですか! 芥川さんなら……」
「太宰、面識あるの?」
「ないです。まだ学生の頃、読んで、田舎で憧れていただけですけど。手紙、書いたことはありますよ……」
「返事なんて貰てへんやろ。貰たとしてもや——。娑婆での功績がデカいから、あの人だけはやはり別格。芥川龍之介に逆らうような住人は、おらん。それに漱石先生の門下やから、自ず、正岡子規の孫という系図になる。でも悲しい哉、芥川はんも自殺やろ。ここぞという時の発言権がないんや。鴎外先生なんかは、芥川君の自殺は神経衰弱によるものであり、いわば病死である——という論文を書いて、その地位の向上の見直しを要求しておられるんやが、冥界には裁判制度なんてあらへんからなぁ。文豪村では川端先生よか後の住人に甘んじておられる」
「で、でも……。お逢いしてみたいなぁ」
「漱石先生がいつも傍に置いて、なかなか一人にはならんらしいで。漱石先生のお小姓さんという噂もある」
「誰がそんなゲスい噂を!」
「こっちにもカストリ雑誌みたいなのを発行しているヤツがいてな。あることないこと、扇情的に書きまくる。おい、太宰、いくらボッチでもそっちには近付くな。そりゃ人の悪口書きまくれるけど、接触を持っているのが知れたら蔑まれるだけやから。今、太宰はハブかれてるが、時間を掛けて娑婆での無礼を謝罪、筋を通していきゃ、そこそこ認めて貰えるようになるから。それも含めての新住人紹介コーナーへの登用なんやで」
「芥川さんの待遇改善を訴えている鴎外先生って、森鴎外先生ですよね。漱石さんの門弟ながら、芥川さんのそれをするってことは、鴎外先生はどこの派閥の者かに関わらず、公平にジャッジをくだされるってことですよね」
「森鴎外というお方は医者でもあったやろ。誰にでも公平にあたるその姿勢から、もはや鴎外教皇とすら呼ばれておる」
「それなら、鴎外先生に一目置かれるようにすれば、この文豪村でも末席の扱いを受けないじゃないですか」
「そりゃ鴎外教皇が目をかけているとなると、新参でも滅多な扱いはやれん。自然主義の連中、俳人、歌人への影響力も大きいしなぁ。真偽は解らんが、芭蕉師匠の句会に呼ばれたこともあるとかないとか。でもあのお方は誰の贔屓もせんで。川端派閥が一時期、鴎外教皇に取り入ろうと手土産を持って日参しとったけど、貢ぎ物とか——Nein,Danke——一切、受け取らんそうや」
「でも頭を下げて、娑婆ではずっと憧れでした。せめて庭掃除くらいやらせてくださいと言って、奉公すれば、擁護は得られずとも、身の安全は保障されるじゃないですか。毎日、鴎外先生のところで奉仕活動していると相手に知れれば、理不尽な苛めに遭う可能性も少なくなるし。織田先輩、一緒に行きましょうよ。私、芥川龍之介と森鴎外だけは全作、読んでますよ」
「太宰君……」
 織田は僕を憐れむような困惑するような複雑な眼で睨み、そして溜息を吐きました。
「君がハブかれとる一番の理由は、鴎外教皇に関する問題なんやで」
「私、鴎外先生の悪口なんて寝言でも言いませんよ」
 私はきょとんとしてしまいました。織田は続けます。
「それは知ってる。仮に言ったとしても鴎外教皇は公明正大、悪口も批評のうちと受け流してくれはるやろう。でも愛娘の茉莉さんが、君に大層、ご立腹でな」
「娘さん——? 小説家なんですか?」
 世間に向け文章を書き出したのは高年になってからなのだが、娑婆でエッセイや小説を発表、娘の茉莉嬢のネタは主に父親である森鴎外のことだったそう。
 鴎外先生は生前、彼女を溺愛。私利私欲に無頓着な人ながら、娘のことになると冥界でも露骨に親バカ振りを発揮してしまわれるのだという。彼女が活動を開始する頃には、織田も私もとうに死んでいたのでそれを知らなかった。その茉莉嬢が私に立腹し、文豪村へ迎えるのを阻止する筆頭に立っているから、私が鴎外先生に取り入るのは不可能なのだと、織田は私に教えました。
「私はその——茉莉さんに、何も気に触ることをした覚えがない」
「太宰君は覚えあらへんやろな。でも、君——鴎外教皇と同じ墓地に自分の墓、建ててしもたやろ。ええと黄檗宗、禅林寺やった筈。鴎外教皇の墓には娘の茉莉さんも入ってる。そして鴎外教皇のすぐ近くに、見た目はショボいが君の墓がある。茉莉さんは天下の森鴎外と同じ場所に、君のような三下が墓を持つなど言語道断と怒り心頭な訳や」
 まだ冥界に入ったばかりで、私は自分の墓が何処にあるのかさえ知りませんでした。
「おまけに娑婆の君のファンは、桜桃忌などと称してな、毎年、命日に君の墓に集まって、お祭り騒ぎをするらしい。君のファンは礼儀知らずで、鴎外教皇の墓の前に座り込んで弁当を食べたり、ゴミをちらかして帰ったりで、全くもって迷惑——と茉莉さんは苦情を訴えておられる。アイラブ太宰、鴎外教皇の墓は大きくて立派なものやから、そこにラクガキしていく無法者もいる始末——太宰は死後も文壇の面汚し、太宰の文豪村居住を許すなという横断幕を作って、シンパを従え、ついこの前も文豪村をデモ行進なさったばっかしや」
「幾ら私のファンが無頼でも、鴎外先生の墓にラクガキなぞしないだろう……」
「その辺りは、僕も茉莉さんの誇張やとは思うけどなぁ。しかし娘やのうても、鴎外教皇と同じ寺に墓をちゃかりこしらえた君に、嫉妬する者が多いのも事実や」
 織田は新聞の記者を務めているだけあり、いろんな事情にかなり精通していました。彼によれば、死後、娑婆での私の最も知られる作品は短編『走れメロス』になっているのだそう。そんな作品、書いたかな? 私は思い出すのに些か苦労したのですが、そういえば、かなりテキトーに書いた作品の中にそういうのが確かにありました。生活破綻者の私が書いたら、ギャクになると考案した勧善懲悪っぽい物語。
「私の代表作があれだなんて……。カッコ悪過ぎるじゃないですか!」
「バチがあたったんや。文豪村では君のことを、だからメロス太宰と呼んでバカにする人も多い」
 織田は同情とも叱責ともつかぬ調子で、私に言うのでした。(続く)










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Author Profile
嶽本野ばら
嶽本野ばら(たけもと・のばら)京都府出身。作家。
フリーペーパー「花形文化通信」編集者を経てその時に連載のエッセイ「それいぬ——正しい乙女になるために」を1998年に国書刊行会より上梓。
2000年に「ミシン」(小学館)で小説家デビュー。03年「エミリー」、04年「ロリヰタ。」が2年連続で三島由紀夫賞候補になる。
同年、「下妻物語」が映画化され話題に。最新作は2019年発売の「純潔」(新潮社)。
栗原茂美の新ブランド、Melody BasKetのストーリナビゲーターを務め、松本さちこ・絵/嶽本野ばら・文による「Book Melody BasKet」も発売。
新刊『お姫様と名建築』エスクナレッジ刊、絶賛発売中。
https://www.xknowledge.co.jp/book/9784767828893
公式twitter @MILKPUNKSEX
公式ブログ https://ameblo.jp/dantarian2000/
公式ウェブサイト https://www.novalaza.com

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