このエッセイは小説が書きたい作家志望者にアドバイスをする熱血文章である。日本文学界に於いて全く異端の僕が、僅か数分で、無名で荒廃している今の貴方を未来の芥川賞作家に仕立てる奇跡の技を余すところなく伝えるものである。
(オープニングテーマのイントロが鳴り、)
ノベルズウォーズ
(タイトルの後、飛騨の山道を爆走し、夜叉ヶ池に突っこんだ夜行巡査が、ウサギの穴に落ち草迷宮に迷いこんだのじゃて、その時よ……)
第13回 力の限りリーダーを省く
(——サブタイトルが入ります)
作家であるのなら影響を受けた作家の名を1人くらいはあげられなければなりません。読んでおらずとも、泉鏡花辺りを出しておくのがベターでせう。泉鏡花——知名度の割に得体が知れませんからね。太宰治とか言ってはダメですよ。足下を見られます。
いい文章を書くのは実は意外と簡単で、解っていることしか書かなければいいのです。リズムや技巧を一朝一夕に会得するのは困難ですが、解っていることしか書かない(多少、下手であっても)なら今すぐにでも出来るではありませんか。
よく僕達は、『そうなのだけれど……』と、『……』リーダー(この場合、1文字分に入る3点リーダーを2度繰り返しているので、2画点と呼んだりします)を付けることをよくしますが、『……』は可能な限り使わないようにするべきです。僕も頻繁に使用しますが、使う度に、嗚呼、卑怯なことをしてしまった!と自分の拙さを反省します。
『……』は正確に書ききれないから使用するのです。「そうなのだということは解っている」と書かねばならないのだけど、そう言い切るもやれない心情がある時、僕らは『……』に頼って曖昧に逃げてしまう。もし憲法に「日本国国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを……。」と記されていては嫌でしょう。「ことを誓う。」と書いてくれ!と思う。
『……』を取り入れると、文学っぽい気がしますが、プロの査定では実力なしと判断される原因の一番ですので、要注意です。
小栗虫太郎のような人はその衒学趣味で悪文の大家と呼ばれますが、彼の悪文は作品にありったけの知識を詰め込むが故のもの、解っている、知っていることしか書いていないので許されるのです。
「どこかの国のお城にでもありそうな」と書く人と「スロヴァキア国境に近い小カルパチア山麓にあったという、血まみれの伯爵夫人、エリザベート・バートリのチェイテ城のよう」と書く人の文章ではイメージ出来るか否かはさておき、信頼性がまるで異なります。結果としてチェイテ城に似ていなくとも、作者はチェイテ城のようだと思った訳なので、文句をいえない。
語彙が少なくとも「裏切られた。僕は……」と濁すのではなく、稚拙ながら「裏切られた。僕は、腹が立った」と書き切る人の方が作家としては見込みがあります。
同様に体言止め(です、てにをはなどの助詞を付けず名詞で終える)の技法も、作文に自信がない限り、慎む方が良いでしょう。
泉鏡花は古語調を多用するので体言止めのオンパレードですが『高野聖』のこんな一文「後は名にし追う北国空、米原、長浜は薄曇、微に日が射して、寒さが身に染みると思ったが、柳ヶ瀬では雨、汽車の窓が暗くなるに従うて、白いものがちらちら交じって来た。」
——省かずに書けば、「後は名に追う北国の空だ。そうして米原の後、長浜に差し掛かったならば、薄曇りの空に微かに日が射していて、寒さが身に沁みた。柳ヶ瀬に着く頃には雨になった。汽車の窓が暗くなるに従って、外には白いものがちらちらと交じり始めた。」になります。
「だ」や「の」などの助詞をきちんと入れると文章の色気がなくなりますが、伝達の間違いは少なくなる。貴方が海外の翻訳家だとして、助詞が極度に省かれた鏡花の文章を正確に翻訳するが可能でしょうか? 川端康成などは、自動翻訳でも文意がさとれるくらいに、一文ずつが簡略の文章です。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」——泉鏡花なら「国境、長いトンネル、抜け出いづるや雪国で」と書きそう。これなら「国境と、長いトンネルを抜けられる場合は、雪国である」と訳されても仕方ない。
川端作品の日本語は美しいですがアメリカ文学に代表されるハードボイルドの文体、文章を曖昧にせぬ注意がはらわれています。
助詞を省きますとね、主語、述語、形容詞が文法にそぐってなくとも読者の方で補完すれば成立させられるケースが出る。反対をいえば書く時、文意が通らなくても体言止めなら、文章の辻褄が合っているように思えるインチキをするのが可能ということです。
長文になると書いていて主語や述語を見失うことがあります。当然のことですが、書いている側がそれを見失うのは一番やってはならない。もし体言止めを使いたいのであれば、一旦、助詞を付けてから削って下さい。理解出来ていないことを筆にしてはならぬのです。コムデギャルソンオムプリュスのタグの商品を、スカートだからとレディスとしてメルカリに出してる出品者が、美品と書いていても買うのを躊躇うのと同じ理屈です。
(ここで、読者への挑戦状——と坂口安吾ふうに)
こうして小説講座を開催してきましたが、書きなさいというだけで自分は何も書かないのでは、受講者の士気も上がらないだろう。そこで僕も以降、この連載で使用可能なようなサンプルの短編小説を書いてみようと思う。次回はそれを掲載する。安吾の『不連続殺人事件』を見習い、読者への挑戦状としてみたが、安吾のように見事に犯人を当てられたら原稿料をそっくり差し上げるという大盤振る舞いはしないです。だってミステリを書くのではないから。尾崎士郎や太宰治のように同業ながらこの挑戦を受ける者がいて下さればば有り難い。 嶽本野ばら>
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