このエッセイは小説が書きたい作家志望者にアドバイスをする熱血文章である。日本文学界に於いて全く異端の僕が、僅か数分で、無名で荒廃している今の貴方を未来の芥川賞作家に仕立てる奇跡の技を余すところなく伝えるものである。
ノベルズウォーズ
(最終回です。ご愛読ありがとうございました)
最終話>
文学よ永遠なれ——又は、がんばれ自主制作!>
(『スクールウォーズ』は全26話なのでこのエッセイも最終話です。巣立っていく貴方達に僕は何をいえばいいのだろう。ONE FOR ALL.ALL FOR ONE——少なくともこれは小説に当て嵌まらない。幾ら優秀な編集者、励まし合える仲間がいたとして、書く時は一人。でもその孤独は当然なのですよ。だって貴方の文章を読んでいる読者も、その時、一人だから)
コンビニにも随分と慣れてきました。学生時代、同じように夜勤をしていた時期がありましたがその頃は、夜はお客さんが少ないという理由で、店内のモップがけとか結構、雑用が目白押し。しかし今は業者さんが来てくれるのでやらなくていい。レジはバーコードなので打ち間違いもないし、公共料金の支払いとかチケットの発券とか、憶えねばならぬことが増えてるし、この歳でこなせるかなぁと不安でしたが、案ずるより楽チン、これで時給1200円貰えるのなら小説を書いているよかよっぽど効率がよいです。
文学フリマという場所に僕は参加したことがありませんが、自費出版で作品を発表、自ら販売するというのはやって損はないことだと思います。というか、やるべきでしょう。近代文学の文士達も大抵は同人誌でデビューしています。昔は新人賞なぞありゃしませんしね。大家の弟子にして貰い口利きで原稿を書かせて貰うようになるか、自分達で文芸雑誌を出すかの大抵、どちらかでした。
芥川龍之介が『羅生門』を発表した『新思潮』も東京帝国大学のメンバーが中心の同人誌。この時期——第三次——同人には菊池寛も参加しました。谷崎潤一郎が『刺青』を発表、一躍、時の人となったのも第二次の同人として『新思潮』に参加したから。東京帝国大学の学生且つ推薦人がいないと中々、同人に入ることすら困難だったといいますが、所詮は同人誌、自分達で費用を調達しないといけない。拠って、才能はないがあいつの家は金持ちだからメンバーにして資金を出させようと画策したり、親の骨董品を勝手に持ち出して金に替えたり、女に貢がせたり、皆、非道いことをして工面したそうです。その中でも一際、借金の才覚に長けていたのが、第六次の同人、川端康成で、この人、借りた金は返さない——をモットーにしていたろくでなし。『新思潮』の経費も、可愛がってくれている菊池寛に無心、そもそも『新思潮』を僕がやるのは菊池さん達の意志を継ぐってことです。ならば菊池さんが出すのが当然でしょう」と先輩に平然といってのけたという。太宰治の『逆光』が芥川賞候補になった際、「作者目下の生活に厭な雲ありて」と落選させた癖に、自身はそれを上回る大悪党でした。
僕は職業作家になる以前、編集プロダクションで働いていました。編集プロダクションは毎月、フリーペーパーを発行していて、その費用を得る為、僕等は各自、情報誌でライターをしたり、イベント企画に携わったりしました。どうやって取材をしてどうやって書くかなど誰も教えてくれないので見様見真似。自分でスタイルを確立していくしかない。僕は非常に優れたライターで、取材拒否というお店でも常にアポ取りに成功していた。今だから秘策を明かせば「取材拒否は承知しました。でもうちの雑誌の読者からあの店は本当に美味しい。紹介して欲しいという投稿がありまして」というよう嘘を吐くのです。頑固な店主程、お客さんの頼みといわれれば断れない。その上、丁寧語、尊敬語、謙譲語を完璧に使いこなせる僕は、電話越しだととても真摯な人間に思わせることがやれる。よく「アンタを信用して了解しよう」ともいわれました。でもって取材当日、黒ずくめ、ヒラヒラのブラウスにスカート姿の僕が現れるのですから、先方は絶句。しかし記事が出来上がると大抵はお礼が返ってくる。「こんなふうに紹介して貰えると長年、店をやっていた甲斐がある」。
媒体の意向、読者の興味は勿論、取材された人の気持ちも短い文章の中に落とし込むことがやれるに越したことはない。そうして稼いだお金で自由に表現出来るフリーペーパーを作成する。当時はまだレイアウト用紙にトンボをひき、写植を自分達で切り貼り、版下を印刷所に持ち込んでいました。出来上がったフリーペーパーは、劇団やバンドの人達と一緒に並んで、イベント会場の入り口で配ったり、ギャラリーや飲食店に置いて貰ったり。もう小説が売れなくなって久しく、コンビニでバイトする身の上ですが、それでもいざとなれば版下から納品まで全部、一人で賄えるというインディペンデントとしての自信があるので、一向、悲嘆はしません。近代文学の作家達は、出版社で出す以外、独自に私家版を作りました。商業出版には検閲が入る時代背景もありますが、谷崎潤一郎は「本当の文学は私家版だよ」とそれに拘り続けた永井荷風を大いに尊敬していました。近代でなくとも、バタイユ研究の第一人者、生田耕作は京都にて、奢覇都館なる自分のレーベルを持ち、好事家を唸らせる豪華な装丁の著作を発表していました。そもそも、文藝春秋だって、あれは菊池寛が立ち上げたインディーズ出版ですしね。文学に於いて自主制作性は欠くことならざるものです。
音楽や美術に比べると文学はお金が掛かりません。自主制作をしないことの方が不自然です。それじゃ、芥川賞が獲れない! 約束を反故にするか? と怒らないで下さい。芥川賞の候補作は同人誌、ひいてはネットで発表されたものだって対象になるのです。出版社の思惑があり大手出版社の作品が受賞することが多いだけ、対象はあくまでも無名、或いは新人作家の概ね、150枚程度の文芸作品。だから僕は選考対象になれないのですよね。そのうち、何のキャリアも後ろ盾もない作家がネットにアップした小説が芥川賞を受賞する日が来るでしょう。貴方がその受賞者であれば、素敵だと思うのですよ。
僕が働き始めたコンビニは、フランチャイズ経営なので本部直轄領のお店に比べると店長(オーナー)の意向がかなり自由に通ります。最近、その店長に「うち独自のビラを作ろうと思うんだが」相談を受けたので、僕はそれならB5二つ折り、両面印刷の冊子にしてレジの横に置けばいいじゃないですかと提案しました。給与以外に特別手当を自腹でくれるというので請け負うことにしました。スタッフ紹介のコーナーなどに加え、ここで僕は小説の連載をしようと思っています。コンビニなのでコピー機が使い放題なんですよ!
そのうち紙面で投稿も呼び掛け、小説ばかりの別冊を作るのもいいかなと考えています。その時は応募してきて下さいね。副賞はQUOカードとショボいのですけれども。(了)
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