このエッセイは小説が書きたい作家志望者にアドバイスをする熱血文章であり、僅か数分で、無名で荒廃している今の貴方を未来の芥川賞作家に仕立てる奇跡の技を余すところなく伝えるものであるのだが、実際にお手本がある方が良かろうと僕も新しい小説を読者への挑戦状と銘打ち、書くことにした。
(今、話題沸騰!原作権争奪をめぐり出版界は泥沼状態!)
ノベルズウォーズ番外編
(文豪村は冥界に入った作家達が住まう場所。ハブかれ者の太宰治は人里離れた因果島で暮らす決意をし旅立つが途中、自らの引受人、織田作之助が流刑に処されようとしていることを知る。そして宿敵、三島由紀夫よりもし身代わりになるのなら彼を助けようとの提案を受けたのだった。)
がんばれ太宰くん
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幼少、私は使用人の女中に連れられ、よく寺に連れて行かれた。寺には地獄極楽の御絵掛地があり、火を放けた者はメラメラ燃える赤い籠を背負わされ、妾を持った者は二つの首の青い蛇に身体を巻かれ、せつながっていた。嘘を吐けば地獄では鬼に舌を抜かれるのだと聞かされた私は、怖ろしくて泣き出した。家の者にも外の者にも嘘ばかり吐いていたからでした。叔母はこういいました。「お前は器量が悪いから愛嬌だけでもよくしなさい。お前は嘘が上手いから、行いだけでもよくしなさい」——。
三島の言葉を聞きつつ、ぼんやりとそんな娑婆——それもまだ、無邪気であった子供時代のことを私は思い出していました。三島の提案に周囲の者は頷き、同意し、大仰に喝采を上げる。
「今から因果島まではゆっくり歩いたとて夕刻には着きますでしょう。一晩、向こうで過ごしたとして、明日の昼に発てば夕方にはここに戻れる筈です。織田作之助の刑はそれまで猶予し、あのまま筏の綱は切らず留めて置くことにいたします。さぁ、太宰君、行き給え。友は、竹馬の友のセリヌンティウスは、ここで君の帰りを待っている。途中で足を挫いたとか、道を間違えたとか、口裂け女に食べられたとか、いい加減な言い訳がやれぬよう、私自ら、この馬で送迎をお手伝いしてもよろしいのですが——どうなさいます?」
「生憎、私は馬に乗ったことがない。逆に転げ落ち、その親切が仇になるとも限りません。この足で歩いて行きますよ」
私は麦わら帽子を被り直し、三島が通り道を作ってくれたおかげで空いた橋の中央を、左右に退いた群衆が見守る中、因果島へとつながる川の端の道を上流に向かって歩き始めました。——といおうか、そうするしか、ないではないですか! 三島の提案なぞ承諾したくはなかったですが、他に方法は残されていません。「頑張れよー、メロス!」真剣なのか茶化しているのか不明の声を背中に受けながら、私は振り向かす、只、進行方向のみを見つめて足を動かしました。
そう遠くはなく、因果島へは娑婆でいうなら三刻も掛からずに到着しました。島とは名ばかりで、別に海や川の中洲に位置するというのではないらしい。
最初に冥界に入った時、織田が迎えに来てくれたのに似た葦の林が川の両側に群生する景色を通り過ぎたなら、急に山里が現れる。遠くで鳥が鳴き、吾妻橋のあった場所よりも気のせいであろうが空が高い。草木の緑と土の鈍い黄の色のみで構成されたような質素な地にはしかし、開墾の田畠が見受けられ、茅葺き屋根の住居らしきものもぽつりぽつりと建っていますので、住人が存在するのは間違いありません。療養所というのは何処にあるのだろう? 因果島に入り、辺りを見渡しながら尚も歩を進めていると、荷車を牽くロバを操る禿げ頭の老人が、手を振りながらこちらにやってくるのが認められました。
ロバの荷車は私の前で停車する。着物の男は私に「太宰さん? ああ、そう。坂口さんの元まで案内しますから」と私に荷車に乗るよう促すと、来た道を引き返します。
ロバの荷車は畦道に似た畑と畑の間のコースをそこそこのスピードで走り、やがて温泉地にある老舗旅館といった風情の和風建築の門を潜り、小さな中庭を持つ母屋の玄関前で停車しました。私を降ろすとロバの荷車は運転手と共に去っていく。到着の気配を音で察したか、母屋から安吾が出てきました。
安吾が中に入れという合図を首で寄越しましたので、私は玄関を上がりました。囲炉裏のある居間に通され、私は安吾と対峙して座る。忘れないうちにと私は袂から安吾の判子を取り出して渡しました。
「ロバでのお出迎えとは風流な——」
「ロバが風流かい? どちらかといえば粋興だ。しかしあれがないと、因果島の外れからこの療養所までは多少、距離があるからね。普段は療養に当たっている人達が使うのだけれども、君や僕が使わせて貰ってもバチは当たらない。友情号——に感謝さ」
ロバの荷車は、友情号と呼ばれているらしいです。
「どうしてそんな名の荷車……。まさか、吾妻橋の上での三島との一件、もう安吾さんの耳に入っているのですか?」
「ハハハ」と安吾は剛毅に笑い、頷きました。と同時に、襖が開き、何処か陰鬱の種を孕んでいる顔つきではあるが、美しい——(単に私好みであるともいえる)矢絣の着物の女が、ありきたりな瑠璃水玉の茶の入った湯呑みを二人の前に置き、無言で去ります。
「林芙美子さん同様、彼女も療養としてこの施設に?」
訊ねると、茶を飲んでいた安吾の眼光が非難で歪みました。
「どちらかというと精神の病から人里を嫌い、ここにいるという類いの人だ。只、世話になるのは気がひけるといい、施設では給仕やら様々な下働きを自ら引き受けてくれている。君のタイプだってことは承知している。ありゃ、尾崎翠だよ」
「ああ、あの方が『こほろぎ嬢』の尾崎翠さんですか」
「翠さんにちょっかいを出させる為、井伏さんは君をここに寄越したんじゃない。君が世話をするのは林芙美子。翠さんはこの療養所だけでなく、因果島のアイドルだ。変な気を起こしたらここにすら住めなくなるぞ」
私は肩を竦め、尾崎翠が持ってきた茶に手をつけます。安吾は自分の湯呑みを畳に置いて、「三島さんとの一件だが——」話を戻しました。
「織田が流刑になりかかっていて、お前がこの因果島で用を済ませ、明日の夕刻までに戻ってその身代わりとなるという約束を果たせば、織田は助かる——おおかたの成り行きは知っているよ」
何故、私より先に因果島に向かった安吾がそれを心得ているのか? 不思議に思う間もなく、また襖が開き、今度は口の部分を紐で巻いた徳利を提げた妙齢の派手な着物の女性が入ってきます。「彼女が林芙美子さん」、安吾が紹介すると、その人は私に艶っぽい眼差しを送ってきました。決して美人ではないが何処か男好きする容姿は、かつて私が娑婆で遊んでいた女給達の風情を思い出させるものでした。
「あんたが太宰——井伏さんが寄越した私の世話係ね。そこそこにいい男じゃない。東北出だっていうからもっと野暮天かと想像していたけれども」
徳利の中身をそのままグビリと喉に流し込み、私の前に膝をつき、林芙美子は私の右肩に自分の顎を載せて囁きます。
「三島に意地悪をされているんですって? 私もあの男は嫌い。派手な軍服で着飾っちゃってさ、モテたいのかと思えば女には全く興味がないそうじゃない。戻るつもりはしていたけど、林さんのお酒の相手をしていてうっかり寝過ごしてしまった——ってことにしておけばいいのよ。口裏はあわせてあげるわ。そりゃ、意気地なし、恩情知らずと罵られるでしょうけれど、この因果島で暮らしていくのならそんな風評、暖簾に腕押し。ここでは誰も貴方をバカにはしないわ」
それだけいうと、彼女は立ち上がり部屋から出て行ってしまう。襖は開けっ放し。仕方なく私は立ち上がり、それを閉め直し、また安吾の前に座しました。
「あの様子だろ——? 林さんが本当に病弱故、ここで静養しているのかどうか、実は俺にもさっぱり解らない。さっきの尾崎さんの方がよっぽどか弱そうだよ。林さんはここと向こうを行ったり来たり、まるで有閑マダムが如き生活を謳歌しておられる。取り巻きも多くて、美味しい酒や、綺麗な着物、向こうでしか入手出来ないものを、ここにいたって誰より早く入手してしまう。あの通りのコケットリーだからさ、文豪村のいろんな男性にコネを持っているんだ。川端康成だって彼女を無下に出来ないって話だ。真贋は定かでないが、川端組と呼ばれる奴らのスキャンダルをかなりの量、握っているらしい。彼女がそれを記した手帖が公開されたら、尾崎派がぶっ潰れるとすら噂されている。君と三島の一件を君が着くよりも先に俺と彼女に知らせたのは、彼女の取り巻きの一人でもある松本という男だ。まだ文豪村に来て間もないが、彼女にゾッコンで、向こうで何か面白い事件が起きたら走って知らせにくる。探偵小説を書いていたらしく、俺や乱歩さんにも礼を欠かさない。『幻影』の同人になるのが夢らしく、作品を書いては持ってくる。正直、才能はビミョーだね。時刻表トリックだとか、発想がチマチマし過ぎなんだよな」
安吾は立ち上がり、今日、自分が宿泊することになっている部屋に自分は戻る、お前の部屋はその隣だといい、居間から出ようとしたので私もそれに続くことにしました。
私と安吾に用意された部屋は、母屋の裏の離れにあり、簡素ながらも清潔なものでした。療養施設に住む者は母屋に部屋を持つが外の者はこの離れに泊まらされるそうです。離れを使用することは余りないが、常に尾崎翠嬢が掃除をしているので何時、客があっても困らないらしい。
一人で部屋にいるのは退屈なので、私は就寝まで安吾の部屋で過ごすことにしました。いきおい、生前のエピソードに花が咲く。
「お前、熱海の旅館で豪遊して金が払えず壇一雄に持ってこさせたこと、あったろう?」「ああ、ありました」「でも、届けにきた壇とその晩、芸者をあげてどんちゃん騒ぎ、また金が払えなくなって……」「私、壇を旅館に置いて逃げちゃったんですよね。待ってろ、すぐに東京で工面して戻ってくると嘘吐いて」「非道いよなー、お前。人のクズだ」「坂口先輩だって、壇の家で世話になってる時、仕出し屋にカレーライス百皿持って来いと注文して、持ってきたカレーの代金も払わずゲラゲラ笑ってたっていうじゃないですか」「あったっけ、そんなこと。壇の作り話じゃないのか?」「カレーといえば、坂口先輩、自由軒のカレーって知ってます?」「精養軒のハヤシライスなら知ってるけど」「織田が好きなんですよ。大阪にある老舗の洋食屋の名物らしいんですけど、最初からご飯とカレー、混ざってるんです。私、織田の家でこれをずっと作らされてはダメ出しをくらっていまして」「最初から混ざってる? なんか、嫌だな」「はい、見た目は結構、ヤバいです。でもこのカレーを貶されたのが、織田が泉鏡花を恨むきっかけなんです」「そうだったの? 織田、俺には話さなかったな。単に泉は性格が悪い。尾崎紅葉の腰巾着。そもそも『高野聖』なんて、坂口さんの『夜長姫と耳男』のパクりじゃないですかっていったりもしてたが、泉の『高野聖』の方が先だし、どっちかというと俺の方がパクりなんだけどね」——。(続く)
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