このエッセイは小説が書きたい作家志望者にアドバイスをする熱血文章であり、僅か数分で、無名で荒廃している今の貴方を未来の芥川賞作家に仕立てる奇跡の技を余すところなく伝えるものであるのだが、実際にお手本がある方が良かろうと僕も新しい小説を読者への挑戦状と銘打ち、書くことにした。
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ノベルズウォーズ番外編
(文豪村は冥界に入った作家達が住まう場所。ハブかれ者の太宰治は坂口安吾から得た手紙に従い人里離れた因果島で暮らす決意をした。しかしその途中、自らの引受人となってくれた織田作之助が、流刑に処されようとしている場面に遭遇してしまった。)
がんばれ太宰くん
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「ああ、如何にも私が太宰です。悪評の尾ひれがどれくらい長くついているのかは知らぬし、そもそもがデカダンスな人間、今更、言い訳、釈明の類いを口にしようとも思いません。ですが、これだけは信じて頂きたい。ここを通りがかったのは偶然。この文豪村で唯一、私の味方をしてくれた織田作之助を笑いに来たなど滅相もない。私は織田、否、織田先輩が泉鏡花……もとい、泉先生の家に殴り込んだことすらさっき、教えて貰うまで存じなかったのですよ」
私がいい終えるまでに見物人はネズミの子供が如く、どんどんと増し、橋が折れてしまうのではと案じられる程になりました。「太宰だそうだ」……囁く声、或いは「太宰だ!」糾弾の調子の声。「メロス太宰!」誰かが揶揄を飛ばすと、一斉に爆笑が巻き起こる。私は顔を上げていなければと思いつつ、前を向いておれず、俯くしかありませんでした。
しかし、畜生——。心中で呟くと同時、一瞬、罵声は水を打ったように収まりました。代わりに馬の蹄の音が耳朶に響きます。顔を上げると、橋の中央を開け、人々が左右に寄り頭を下げています。
軍馬として設えた白馬に跨りゆっくりと進んでくる軍服の男の姿を私は認めました。二行の金釦の付いたブラウンの大礼服に庇をやけに光らせた将校の帽子の出で立ち、ズボンの裾を仕舞い込んだ膝下丈のブーツの先を金色の鎧にしっかりと掛け、大仰な房の装飾が施された赤い手綱をそれと同色の鞍の上で曳きながら向かってきた男は、私の前で馬を止め、そこから降りることなく見下しの視線をこちらに向けます。鋭い眼光以上に、ニヤリと笑った嫌な口元が私を不快にさせました。
「お久し振りですね、太宰治」
それは明らかに三島由紀夫でした。私の返事を待たず、三島は続けます。
「織田さんは不埒にも泉先生に狼藉を働こうと凶器を携え、邸に押し入ろうとしましたので私が指揮する葉隠の兵が捕らえました。本来は裁判に掛けるまで牢につなぐか謹慎させておくのが文豪村での慣わしですが、どうにも泉先生への不穏当な罵詈雑言をお止めくださらないので、致し方なくあのように流刑の用意をさせました。太宰さんはまだここに来て間もなく、仕来りがよくお解りにならぬかもしれませんが——ここは縦社会。その秩序を乱すは最も悪しき行状とされるのですよ」
私は何を言い返せばいいのか、まるで見当がやれぬまま立ち尽くすしかありませんでした。少しの間を置き、三島がわざとらしくいいます。
「ああ、生前、貴方と織田さんは仲がよろしかったのでしたっけ。無頼派などという徒党をお組みになっていた記憶があります。そして——」
何かを思い出そうとするかのよう、言葉を切り沈黙を持った後、
「織田さんが、貴方の引受人だったのでしたっけね? 確か——。やる者がないので、仕方なく織田さんが名乗り出た——と、誰かに聞かされた気がします。そりゃそうです。進んでわざわざ肥汲みを引き受ける者なぞおりますまい。織田さんは自ら罰ゲームを買って出た。やはりそんな織田さんが流刑になるのでは心が痛みますか? 無頼派の貴方でも恩義をお感じになられる?」
語尾をゆったりと整え、口を閉じるのでした。
「織田——織田先輩が何をしたのか知らぬ。ここでの重罪を犯したのであれば妥当な処罰なのかもしれない。私はまだここに来たばかり、仕来りとやらをまるで弁えぬから、文句をいおうとは思わないし、三島——さん、貴方に何かを願おうとも思いません。只……」
「只——?」
またしても三島は微笑みました。
「少し待っては貰えないだろうか。私はこれから因果島という処に用があり、そこに行かなければならない。三島さんのいう、縦社会の規律を尊重する上でもその約束は破らない方が好いと思うのです。しかし、先程、申されたように流刑に処される織田作之助は私の文豪村でのたった一人の恩人でもあるのです。彼の刑に立ち会えぬは甚だ、悔しい。武士道を尊んだ三島さんなら、お解り頂けるのではありませんか? 刃傷に及んだ浅野内匠頭の切腹を、忠臣、大石内蔵助が駆け付けるまで猶予していれば、大石は御公儀への審判と、吉良邸への討ち入りなぞ決意しなかったかもしれません」
「因果島には何用? と訊ねなければ私も恩情を与えかねますよ」
「事情は省きますが、私は坂口安吾に、因果島で暮らす段取りを整えて貰ったのです。彼はその為、今、因果島におります。私がくるのを待っている。私が行かねば、太宰め、来ると行った癖に約束を破りやがって、安吾さんが怒るだけです、別に問題はない。しかし私は彼に預かったものを返さねばなりません。私は彼の判子を預かっておるのです。判子がなければ、彼はこの先、荷物を受け取る時、とても難渋するでしょう」
三島はケラケラと笑いました。そして、
「今、因果島にいる坂口安吾に判子を返したい。そして戻ってくるまで織田作之助の流刑を延期して欲しいということですね?」
念を押すかの様子で訊ねました。私は「そうです」と、頷きます。
「それじゃ、まるで『走れメロス』ではないですか!」
私は首を捻る。『走れメロス』——? なんだそれ?
嗚呼、そうだ、私がテキトーに書いた作品だ。結局、自分でもほぼ覚えておらぬその作品が、何故か死後、私の代表作ということに娑婆ではなっていたのだった。王に処刑される自分の身代わりに親友を置いて、妹の結婚式に行く、絶対、戻ってくるからと王に約束をし、果たす正義の男、メロス——。そんな粗筋だった。でもって、戻ってきたメロスはその後、どうなるんだっけな?
王に殺されてバッドエンド、約束を生真面目に守るとロクな目に遭わないということにしたんだっけ? それじゃ、死後、名作として遺る筈ないよな。王は死を恐れず約束を果たし友情を重んじたメロスを赦してあげることにしたよーな気がする、多分だけど。
「メロス太宰と渾名される貴方が、メロスを全うなさると仰る? それは面白い。いいでしょう。しかしそれならば、メロス同様、貴方が約束を違えず戻ってきたなら、織田は刑を免れ、織田の刑を貴方が引き受けなければ意味がないですね。約束を守ったご褒美に二人とも無罪放免では、秩序が保てない。構いません。貴方の望みを叶えましょう」
えー! と私は絶句しました。そりゃ、織田が泉邸に向かったのは、私が織田の恥を注ぐ為、泉のタマをとってくると出刃包丁を持って飛び出したからに相違ないのですが、私は泉邸になぞ行っておらず、行くつもりすらまるでなかったのです。慌て者の織田が勝手に男気を出し、太宰を一人、死なせるものかと出掛けちゃったのです。無論、文豪村で引受人となってくれた織田に恩は感じています。しかし泉鏡花が生前の師である尾崎紅葉をこの文豪村でも仰ぐような、また三島由紀夫が泉鏡花や、川端康成を恩人として立てるような礼節は、私と織田には無関係のものですし、私が織田の罪を着る謂れなぞ全くないのです。私は単に、織田の処刑を見届けないと、友達として悪いしなぁと思っただけです。織田の罰を肩代わりするつもりはない。
おい、三島君、三島君。誰もが君と同じよう、上下関係や忠義を重んじている訳じゃないぞ。織田さんがいなくなったら、貴方はさぞお困りの筈、どうです、尾崎派の末端として働いてみませんか? 誘われれば、有り難い! 織田って本当、ヤバいヤツですねー、一緒に流刑の準備を手伝うも厭いませんでしたのに……。どうして、おかしな辻褄の合わせ方、しちゃうかなー? 三島君。それって君の意地悪? それとも天然のなせる技ですか?
私の承諾を待たず、三島は周囲で成り行きを見守っていた者に向き直り、勝手に話を進めてしまします。
「皆さんもしかとお聞きになられたでしょう。太宰治は、今、流刑に処されようとしている織田作之助に恩を返す為、因果島で用を済ませたらここにまた戻ってくる、その約束を守ったならば、自分と織田作之助を入れ替えて貰いたい。罪は自分に償わせて貰いたいと申し出ました。私は彼をとても信用出来ません。彼は憶病風に吹かれ、途中で遁走してしまうと思っております。しかし、また心の何処かで、こんなクズであろうとも、小説家としての恩人に、小説家は仮令、霊魂になろうとも報いずにはいられないのではないだろうかとの予想も立ててしまうのです。私が彼の願いを聞き入れ彼にチャンスを与えるのは甘い判断だと承知しております。ですが、ここは私が捨てきれぬ可能性を大目にみては下さいませんか? もしも帰ってきたなら、太宰治は確実に織田作之助の身代わりとして流刑に処すことを天に向け、お約束いたします。いかがでしょうか?」(続く)
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