「NOVELS WARS」 #10- 嶽本野ばら -

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毎朝原稿用紙をみているうちに思いついたんです。僕らもこの野ばら先生のような小説家になりたいって思って。皆さまがお待ちかねの嶽本野ばら先生の作家志望者への小説教室、待望の第10回目が公開です!

このエッセイは小説が書きたい作家志望者にアドバイスをする熱血文章である。日本文学界に於いて全く異端の僕が、僅か数分で、無名で荒廃している今の貴方を未来の芥川賞作家に仕立てる奇跡の技を余すところなく伝えるものである。

(オープニングテーマのイントロが鳴り、)

ノベルズウォーズ

(タイトルの後、働けど働けど実は借金ばかりしていた歌人が長い学ランを着て学校に登校してきたならば……)


第10回
燃える借金


(——サブタイトルが入ります)

 僕達は小説を書き始めた訳ですが、ダラダラ書いても仕方ない。枚数制限を設けます。
 400字詰め原稿用紙にして100枚前後でお願いします。どうせまだ数枚しか書いておらぬでしょう。大長編を!という構想を持っていたとてまだ軌道修正がやれます。
 何故なら芥川賞は100枚から200枚程度の作品が受賞する場合が多いからです。更にいえば文芸誌の新人賞の応募規定も『新潮』250枚以内、『文學界』70枚〜150枚というふう大凡、100枚くらいの紙幅の作品を求めています。どこの賞に応募するかは委ねますが、入れ知恵しておきますと『文學界』でデビューするが最も芥川賞の近道です。  だって芥川賞は『文學界』を発行する文藝春秋が牛耳る賞なのですから……。『文學界』出身ばかりに賞を与えては依怙贔屓が過ぎるので、他の出版社の作品も受賞させるのです。今から作家になろうとする矢先、がっかりさせる内幕を打ち明けるは気がひけますが、商業出版なんて利権と保身のかたまり、覚えておいて損はないでしょう。
 イントロで30枚書いちゃった——勤勉な方もあられるやもしれません。誉めて差し上げます。ですがそれなら削って下さい。序盤で30枚も使っては100枚で話が終わらない。書いたものを削除するのは身を切られる思いですが、こんなエッセイにしろ僕は毎回、一旦完成したものを読み直し、4分の1くらいは約めておりますよ。アスリートが極限まで身体を引き締めるようなものです。
 小説を書いて誰かに読ませようとする人間には自意識の贅肉がつきまくっている。ですから削るのです。削って削って、それでも残らざるを得ない自意識——それこそが貴方の自意識です。自分は自意識過剰と思っておられる方、よく点検してご覧なさい。その自意識のどれだけが貴方そのものの自意識かを。貴方の自意識の大半は他人から感染したニセの自意識ですよ。
 見かけで人を判断するなとカスタムの学生服を着る不良——。見かけで判断して欲しいからそんな格好なんじゃありませんか? 嫌なら私服で通えばいい。わざわざ手間を掛け学生服に細工を施し「見かけで判断するな」反抗するその言葉は誰かの借り物でしょう?

 人の心を打つ言葉は、決して美しく理路整然とし正義に貫かれているとは限りません。
 石川啄木が生涯借金まみれで、生活の為といいつつ、金を借り遊郭で遊び呆けていたというエピソードは有名ですが、借金申し込みの為、彼は膨大な数の手紙を友人、知人に送っています。故人のそんな恥ずかしい手紙をここで引用するのは可哀想なのでやめますが、ググればすぐに出てきます。
 金田一京助さんは自分も金がないのに無心の手紙が届くと、いつも工面してあげたという。お人好し過ぎると批判する人もいますけれども、彼は言語学者——啄木のそんな手紙の中に、どうしてもこいつから金を借りてやるという想いが形象化したドメスティックな言語の真髄を見出していたのではないでしょうか。彼が作る下手な短歌よか、借金を願う手紙の方がよっぽど言語の研究材料として面白い!と手紙を作品のように愉しみ、その代価として金を貸していた。
 借金の申し込み状は、出来れば貸して欲しいという生半可な希望では書けないです。必ず借りると思っていないと書けやしません。啄木の場合、綴りながら金田一くんから10円借りる。そして女郎を買って着物を買って酒を飲む!断れば彼の家に押し入り強盗も辞さぬ——との強固な意思とプロット(ボクサー並みの)があればこそ毎回、目標を達せられていたに違いない。
 僕は不特定の人に読ませようと思わない。たった一人に向かっての恋文として小説を書くといってきました。カッコ良過ぎですが、つまりは何が何でも口説き落とす気構えということなのです。啄木の借金状と同じ。その為には嘘も書くし、書いた文章をあっさり破棄して書き直すを厭わない。真実味を出す為、わざと下手に書くことすらします。
 切羽詰まればプライドなんて悠長なものを文に挿入する余裕なぞ持ちませぬよ。僕が“矜持”なる単語を用いても“プライド”という語を使用しないのはそういう理由です。  だから読んで貰う為、書き出しの一文に全てを詰め込む。最後の一文はもはや口説き落としているのだからどうでもいい。芥川龍之介が『羅生門』の最後を何度も書き直したのは、正解を探したのではなくどんな結末でもよかったから。本当です、だってこの前逢った時、直接、芥川から聴きましたもん。「下人はそういう夢をみた——って夢オチでもいいとは思う」という芥川に、それは止めた方がいいと忠告しておきましたがね。







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Author Profile
嶽本野ばら
嶽本野ばら(たけもと・のばら)京都府出身。作家。
フリーペーパー「花形文化通信」編集者を経てその時に連載のエッセイ「それいぬ——正しい乙女になるために」を1998年に国書刊行会より上梓。
2000年に「ミシン」(小学館)で小説家デビュー。03年「エミリー」、04年「ロリヰタ。」が2年連続で三島由紀夫賞候補になる。
同年、「下妻物語」が映画化され話題に。最新作は2019年発売の「純潔」(新潮社)。
栗原茂美の新ブランド、Melody BasKetのストーリナビゲーターを務め、松本さちこ・絵/嶽本野ばら・文による「Book Melody BasKet」も発売。
新刊『お姫様と名建築』エスクナレッジ刊、絶賛発売中。
https://www.xknowledge.co.jp/book/9784767828893
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