「NOVELS WARS」 #6- 嶽本野ばら -

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嶽本野ばら先生による小説家講座 第6回!前回に引き続き「文体」のお話、今回はより実践に近づいた内容となっております!

このエッセイは小説が書きたい作家志望者にアドバイスをする熱血文章である。日本文学界に於いて全く受賞歴のなかった僕が、僅か数分で、無名で荒廃している今の貴方を未来の芥川賞作家に仕立てる奇跡の技を余すところなく伝えるものである。

(オープニングテーマのイントロが鳴り、)

ノベルズウォーズ

(タイトルの後、廊下でボーラーハットの詩人が空中ブランコに乗ったならば……)

第6回
  中也の卒業式

(——サブタイトルが入ります)

「この前、相手を連れて来ましたよ。式場の予約も済ませてあるというんです。ですから……え、えー!ちょちょちょぉ、待ってくれやと。話の順序がね、おかしいやろと」
電車内の会話を聞くともなしに聞いて、違和感を憶えます。内容の問題ではない。語り口に胡散臭さがあるのです。暫くして気付く。嗚呼、この語り口は、ダウンタウンの松本人志が雑談で使う時のものだからだ。
関西に居を移すと、松本調を使用する人がとても多いことに驚きます。僕の妹にしろ、え、えー!ちょちょちょぉ、とよくいっている。無意識でしょうが、用いると気持ちがよく、自分の話す事柄がとても面白いと錯覚してしまうのです。素人のみならず、ダウンタウン以降の芸人は松本調を使う者が多い。そういやかつて関東の芸人、一般人は、ビートたけしの口調をとても模倣しましたね。
松本調、たけし調で話しても、たわいのないことが面白くなる訳はない。面白いのは松本人志であり、ビートたけしの思考回路なのです。上手い画家のように彼等は変哲のない風景を驚くべき認識で現実以上のものにする。その常人と異なるビジョンをより明瞭で解りよくする為、え、えー!ちょちょちょぉなど独自の語法が使用される。
前稿、文体を語りましたが、実践的でないと落胆された方が多いと思うので、続きを書きます。松本調、たけし調と同様、名調子やユニークな文章が作れるようになったからとて、思考や感情がつまらないのでは使い物にはなりません。文体は、自身の必然性から立ち現われるのです。ロリ服を着るからロリータになるのでなく、ロリータだからロリ服を着るのにも似ておりますね。
では文体を得る為に昔の作家の文章を写すことに専念するような行為はムダなのか? ムダじゃないですよ。しかしそれをやることに拠って思考回路すら掌握出来るまで突き詰め——自分とその人が全く異なる人間である境界線をきっちりひけるようにならないと、自分の文体を得るには辿り着けないのです。

 

訓練が不可欠なぞ説教されましてもねぇ、ラクして認められたい性情だからして、貴方は作家になりたいと願うのでしょう? コツコツやれるなら小説家なぞ目指さない。
よござんす、とっておきを教えましょう。詩人の書く文章を読むんです。ナマとゴム付け、精子とヨーグルト、スペルとスペルマほど違いまして、詩人は小説家などとは格が違う言葉の練術がやれる人達なんです。現代詩なぞチンプンカンプンでしょうが、塚本邦雄や瀧口修造の短いエッセイでもお読みなさいな。完璧な文章がそこにはあります。
詩人が通常の文章を書く時は、手を抜いてくれますから、何が必要で何が余計か、読み手は文法に基づいたシンプルな設計図を手に入れやすいです。それと、詩人が訳した海外の詩と原文を比較(ネットの翻訳があるので昔に比べりゃラクでしょう)したりするのです。文章力とは早い話、文法をどれだけ正確に操れるかですよ。また、同じ詩を違う詩人が翻訳していたりすれば、比較するのも勉強になるでせう。
ランボーの詩は堀口大學や小林秀雄が有名ですが、中原中也も挑戦しています。かの『永遠』、堀口さんは「それは、太陽と番った/海だ。」ですが、中原さんは「去つてしまつた海のことさあ/太陽もろとも去つてしまつた。」と訳します。堀口さんの訳もかなりいい加減らしいのですが、輪をかけて中原さんは非道い。でも中原さんは確信犯らしく、最早、自分の詩として読んでね、いわんばかりの取り組み方をしておられます。
だって、何故に「海のことさあ」、波止場で係柱に片脚かけるマドロスの口調なんです? 「汚れつちまつた悲しみに/今日も小雪の降りかかる」と同じ。え、えー!ちょちょちょぉ——ツッコミたくなりまする。
僕は読者からお手紙を貰います。読みやすさも独創性も意識されてはいません。しかしたわいない文章は、仮令、稚拙であろうがとても魅力的なものばかしです。ですから僕はこう考えるのです。文体はどの人も持っていると——。いざ、恥ずかしくないものをと意気込むと、自分のそれが不明になってしまう。文体を得るのに時間が掛かるのは、友達と話す時と同じようにカメラ前で話せるようになるのに時間が掛かるようなもの。
文字数制限がある方が上達するとも書いたので、ツイッターでトレーニングと考えた人も多いと思います。でもね、ツイッターはツイッター語とでもいうべき独特の言葉遣い(語尾に、なんだよね——とか付ける)があります。それで幾万回呟いてもダメなのです。貴方の為にいってるのよ——忠告される時、僕等が反発してしまうのは、本当は貴方の為にいっている訳でないからでしょう。貴方の為に——常套句を付ければ説得力が出る陳腐な作戦に、立腹するからです。
借りてきた言葉なんていらないのです。貴方の為にいっている——が整然としていたとて、私はイヤだから止めて——という要請の方を、僕は尊重しますね。偽の怒り。偽の言葉……うんざりなんですよ。それじゃ心が満ちないんです。
ちょちょちょぉ——それ、『アカギ』の台詞やん! しょうがねぇなぁ。——ビートたけしやん! 難しいんだよね。ツイッター民や! だつたらどうすりや、いいのかよお!——中原さんが嘆いたところで(オープニングテーマのイントロが鳴り、)堂々巡りに陥るならば、
それは、夢野久作でありました。ゆあーん、ゆよーん、ゆやゆよん……。







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Author Profile
嶽本野ばら
嶽本野ばら(たけもと・のばら)京都府出身。作家。
フリーペーパー「花形文化通信」編集者を経てその時に連載のエッセイ「それいぬ——正しい乙女になるために」を1998年に国書刊行会より上梓。
2000年に「ミシン」(小学館)で小説家デビュー。03年「エミリー」、04年「ロリヰタ。」が2年連続で三島由紀夫賞候補になる。
同年、「下妻物語」が映画化され話題に。最新作は2019年発売の「純潔」(新潮社)。
栗原茂美の新ブランド、Melody BasKetのストーリナビゲーターを務め、松本さちこ・絵/嶽本野ばら・文による「Book Melody BasKet」も発売。
新刊『お姫様と名建築』エスクナレッジ刊、絶賛発売中。
https://www.xknowledge.co.jp/book/9784767828893
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