「NOVELS WARS」 #5- 嶽本野ばら -

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プロになろうとする人が必ずぶち当たる課題「文体」。自分だけの「文体」を手に入れるためにすべきこととは・・・?大好評の連載シリーズ、第5回!

このエッセイは小説が書きたい作家志望者にアドバイスをする熱血文章である。日本文学界に於いて全く受賞歴のなかった僕が、僅か数分で、無名で荒廃している今の貴方を未来の芥川賞作家に仕立てる奇跡の技を余すところなく伝えるものである。

(オープニングテーマのイントロが鳴り、)

ノベルズウォーズ

(タイトルの後、廊下をヨレた白シャツ姿の眼鏡の男がフグに舌鼓をうっていたならば……)

第5回
  無頼の闘魂


(——サブタイトルが入ります)

最初にフグを食べた人はスゴい——毒にあたり死の間際、気をつけろ、でも美味しいぞと誰かに伝えたのだ。その後、リスクと引き換えに多くの者がフグを料理し、食べた。暗黒の歴史があってこそ、私達は今、安穏とフグを食べられると、坂口安吾はいいます。
文は人なりの諺に就いて書きましたが、安吾さんという人の思想や性質、人となりはこれがとてもよく現しているでせう。
嫌なヤツですよ、安吾さんは。太宰治、織田作之助、坂口安吾を無頼派の御三家と呼びます(呼ばねーよ!)が、この無頼の概念を文学に導入したのが安吾さんで、太宰先生やオダサクちゃんが軟派路線の無頼派だったのに対し、安吾さんは硬派の無頼派でした。
散らかった部屋で、白い肌着のようなシャツ姿で執筆するポートレイトが、彼のパブリックイメージでしょ。寝起きドッキリじゃあるまいし、わざわざそんな格好を選んでいるあたり、とても性格が悪い。テレビ局に普段着でといわれたにも拘らず、背広着て、畑を耕しちゃう田舎のおじいさんのピュアさと比較すれば、自意識、捻じ曲がり過ぎです。
嫌味な性質はそのまま文章に反映されます。台詞はもとより風景の描写に至っても万事、ひねくれていて、こんな人とは友達になりたくないと思ってしまう。頭は良いが鼻持ちならぬ本性が行間から溢れ出る。趣味が昂じ書いたミステリ『不連続殺人事件』なぞはまさにそう。僕、あれが読めないんですよ。登場人物が皆、性格が悪過ぎ、我慢して読んでいても途中で腹が立ち投げ出してしまう。
でもね、安吾さんのこと、嫌いではないんです。終戦後に書かれた『堕落論』は好きなエッセイ、ベスト5に入ります。ひねた文章だけど、奥底が優しいんですよ。気持ちがロウな時、たまに朗読します。「戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。」——涙が出ます。美しいんです。 嫌なヤツだけど優しい、捻くれているけど美しい……。矛盾ですが、安吾さんはそういう作家なんです。硬派極まれり。

小説に限らず文章を書く時、文体——という課題にプロになろうとする人は必ず、打ち当たります。
どの作家も編集者も、内容が良くても文体が出来上がっていない作家はダメといいますし、その文体なるものは、長いトレーニングを経てしか勝ち取ることがならぬと口を揃えますしねぇ。自分の文体を作る為、ひたすらに昔の作家の文章を写すことに専念したという作家もおられますし、書くことを辞め、数年間、只、あらゆる名著を読みまくることにしたという人もおられます。
自分だけの文体を持つというのは、誰とも違う個性的な文章形態を獲得することだと早合点しそうですが、そうではありません。
僕に関しても、使用するです・ます調は個性を出そうと使い始めたのではないのです。最初の著作『それいぬ』はフリーペーパーでの連載を纏めたもの。連載時、18字×42行という絶対的な制約があったので、わざと、です・ます調で書いてみたんです。
文字数の制限があると、です・ます調は非常にやりにくい。「フグがあった。安吾はそれを食う。」と書けばいいのが「フグがありました。安吾はそれを食べたのです。」にしないといけません。一文字削れば規定に収まる時、です・ます調が足を引っ張る。でも苦労して調整する作業が、僕には大リーガー養成ギプスで生活しているみたいで、愉しかったのです。
「フグがあった。安吾はそれを食う。」句読点をいれ16文字。「フグがあり安吾はそれを食べました。」です・ます調では削っても17文字。しからば——!「フグあり其を安吾、食ったのです。」これなら16文字だぜ。です・ますも、リズムも破綻していない。
後、です・ます調の問題点は、説得力に欠けてしまうことです。「フグを食べ、彼女は死んだのだ。嗚呼!」なら切迫ですが「フグを食べて彼女は死にました。嗚呼!」はマヌケじゃないですか。それでも僕がです・ます調に拘泥し続けた(ている)のは、調べが古臭く童話的であっても、これでしか出せない美の旋律があったからです。
です・ます調にして、嗚呼!とか、やんぬる哉とか古語調を取り入れてみても、一見は僕っぽいけども僕の贋作が意外に上手く作れないのは、文体というものは外見を模倣しても完全にはならないからです。
合皮はどこまで精巧に作っても革じゃないし、カニカマはカニではない。坂口安吾の嫌味な体裁が完コピやれたとして、その秘められた慈愛を置き忘れては『堕落論パート2』を捏造するは出来やしない。文体を得るに長いトレーニングが不可欠というのは、柔道などでいうところの心技体を一体にするには練習あるのみってのと同じなんです。
絵やネームが下手でもものスゴくいい漫画が数多、存在するのは、8、16、24……台割りが優先、8の倍数ページしか提出してはならぬムチャな制約が、トレーニングとして副産物をもたらすからではないでしょうか。
ネットは枚数制限なしだから昔より状況が良いと思うのは浅薄で、シバリはあった方がいいんですよ。なけりゃ自分でシバるんです。安吾さんふうにいうなら「文字数があるからシバるのではない。文学だからシバるのであり、名作はシバられているだけだ」なんですよ。洗練の文体は、言葉を拘束出来た者のみが持てるものなのです。







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Author Profile
嶽本野ばら
嶽本野ばら(たけもと・のばら)京都府出身。作家。
フリーペーパー「花形文化通信」編集者を経てその時に連載のエッセイ「それいぬ——正しい乙女になるために」を1998年に国書刊行会より上梓。
2000年に「ミシン」(小学館)で小説家デビュー。03年「エミリー」、04年「ロリヰタ。」が2年連続で三島由紀夫賞候補になる。
同年、「下妻物語」が映画化され話題に。最新作は2019年発売の「純潔」(新潮社)。
栗原茂美の新ブランド、Melody BasKetのストーリナビゲーターを務め、松本さちこ・絵/嶽本野ばら・文による「Book Melody BasKet」も発売。
新刊『お姫様と名建築』エスクナレッジ刊、絶賛発売中。
https://www.xknowledge.co.jp/book/9784767828893
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