「NOVELS WARS」 #2- 嶽本野ばら -

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「BUNCAは作家志望のあいつらの目を見た以上、BUNCAはもう作家志望のあいつらを見捨てることはできないんだよ。」 嶽本野ばら先生の小説教室連載、第2回!

このエッセイは小説が書きたい作家志望者にアドバイスをする熱血文章である。

日本文学界に於いて全く異端の僕が、僅か数分で、無名で荒廃している今の貴方を未来の芥川賞作家に仕立てる奇跡の技を余すところなく伝えるものである。

(オープニングテーマのイントロが鳴り、)

ノベルズウォーズ

(タイトルの後、廊下をふんどし姿の男が走るシーンのインサートを想像したならば……)

第2話
堕落まみれの三島由紀夫

(——サブタイトルが入ります)

三島由紀夫が太宰治のことを毛嫌いしていたのは有名な話で、それ故にかつて僕は三島作品を読まなかったのですが、最近はとてもよく読みますよ。
文章が卓越して上手いだけのインテリ作家——というイメージだったのですが——、確かに文章は非常に芳しく成熟したものなのですが、ここだけの話、個人的な意見ですから怒らないで下さいましね、小説はそんなに上手くないのですよ、三島さんって。
どうしても途中から、或いは最後の方になると哲学的、論理学的なことを書かずにはおられなくなり、登場人物達のストーリーとはそんなに関係のない問答で不自然に紙幅が埋まる。ご本人も、自分は小説よか能楽や芝居の脚本を書く方がちゃんとやれている気がする……とおっしゃっておられます。
文章が上手いことと小説が上手いことは別なのです。
僕も自分は小説を書くのは下手だなぁと昔から思っている。エッセイなら自信があるのですけどね、未だに小説の書き方が解らない。そもそも、プロットを立てたことが一度もない。一応は考えるんです、でも纏まらなくて、資料はひとしきり揃えたからそろそろ書かないとマズいよな、覚悟を決めて書き出すんです。
書いてればなんとか最後まで辿り着くだろう。出来上がって読み直してダメだと思ったらボツにすればいいのだし……。
駄作だなと思いつつも、せっかく時間を掛けて完成させたのだからどうにか手直しでいい作品にしようという了見を見限れぬならば、いい作品なんて出来ませんよ。彫刻の場合、これだけ作っちゃったんだし、粘土が勿体ないと修正で誤魔化したくなるのは仕方ないですし、音楽の場合、使う場所がなくとも、買ったばかしのエフェクターの出番がないのは悲しいと、無理矢理、何処かに取り入れたくなるでしょうが、ボツにしても文章は材料を無駄にする心配がないのですから、潔く、ゴミ箱に入れればいいのです。
小説は日増し売れなくなっているのに、新人賞への応募総数は毎年、増えている。でも、その応募作は、最後まで書けていないまま送って来るものが大半らしい。途中までしか書けてないものをどうして送ろうという気になるのか、不明だったのですが、多分、自分が費やした時間に対し未練を抱いてしまうのでしょうね。恋愛や宗教と同じです。本当は騙されているのを自分でも勘付いている、でもそれを認めると今までの自分の行為が意味のないものになってしまう。だから敢えて盲信的な道を選ぶ。
途中までしか書けてはいないけれど、ここまで読めば私の不世出の才能を認めずにはいられない筈、きっと賞にはもれたけど君の能力に投資したい!と電話を掛けてくる編集者がいる! こんな都合の良い発掘は起こり得ません。繰り返しになりますが、編集者なんて全員、作家志望崩れなのですから。
三島さんですら、中等科の頃に書いた『花ざかりの森』を国文学雑誌の同人達に早熟の天才と絶賛されその後出版に至るものの、長い間、不遇、川端康成の協力を得られるまで文壇への道を閉ざされ続けたのですからね。
僕だって新人賞出身ではないものの、処女作はいろんな出版社に断られましたよ。「申し分ないのだけど、どう扱って良いのか解らないのでいりません」「素晴らしいとは思いますが、誰がこんな小説を読みますか?」。
駄作だと思ったらあっさりとゴミ箱へ——申しましたが、駄作でない場合は挑み続けて構わないと思います。僕は拒否されても、この作品はとんでもなくいい、信じておりましたもの。恥ずかしいですが、自分で読んで、毎回、泣くんです。今でも泣きますよ、自分の処女作で。校正をやりながらでも余りに激しく泣くもので、情緒不安定かな? 吉本ばななさんに訊いたことがあるのですが、自分で書いたもので泣けない方がおかしいよ、吉本さんはきっぱりといいました。自意識過剰とかのレベルじゃなくて、自分で自分を信仰してしまうくらいに底抜けの自我がなければ、創作なんてやれやしません。
プロットを立てないのは恐らく、そんなものがなくとも書き始めたら書き上げられる絶対の確信を持っておるからです。貴方に新人賞への応募経験があるとします。でもその原稿を友人や家族に読ませられますか? 照れ臭いようじゃ、貴方の自分の作品に対する確信、自信なんて紛い物ですよ。
うちの家族は文学とは縁遠く、でも一応、僕が作家なものだから作品を読んではいるみたいなのですが、感想を一言もいってはくれない。なのでとても腹立たしいです。




三島由紀夫が太宰先生を嫌ったのは、退廃の作家を気取ってはいるが、お前の退廃なんて根が浅い——と思っていたからではないでしょうか。
近代において小説は下賤なもので、作家もまた人の屑でした。それをわざわざ大学を出てまでやろうとするような奴は、いわば不良、どうしようもない落後者、作家がペンネームを用いる仕来りは、身許をバレないようにする為の思慮からくるもので、三島さんなんてのは家柄も含め、エリート中のエリートだった。三島さんは小説を書くのを親からとても反対されたそうですが、それは食べていけるかあやふやだからではなく、下品なことだったからです。
祖父も父も官僚。三島さんも東京帝国大学(今の東大ですね)の法学部を出た後、少しだけ大蔵省に務めています。森鴎外、夏目漱石、川端康成、芥川龍之介、太宰治……近代の作家は大抵が東大出身ですが、この頃の東大はいわば官僚を育成する為の最高機関、国語をやるのは漢文の教養を身だしなみとして持ち、西洋の言語を習得することでその技術や知識を持ち帰る為でした。実際、鴎外も漱石もその為に海外に赴任しています。
かつて最も日本人が知の先端として憧れたのはドイツで、鴎外は医者でもありましたから、作品の中に、ドイツ語、専門的なラテン語を注釈なしにバンバン登場させていて、芥川も太宰も三島さんもこれに、クラクラきていた。三島さんは鴎外を読むことがステイタスだった——というようなあけすけなコメントすらしています。
しかし、ロックは不良の音楽、ハッカーは電脳世界での不良——、最先端に触れる、その感性を持つ者の幾許かはアウトローになってしまうが世の常。趣味程度にしておけばよいものを心底、文学にのめり込んでしまう駄目な人達が出てくるのですね。三島さんの『仮面の告白』は自分の同性愛性癖を暴露しているからスキャンダラスではないのです。汚穢屋、血色のよい美しい頬と輝く目をもち、足で重みを踏み分けながら坂を下りてきた。それは汚穢屋——糞尿汲取人——であった。——己の圧倒的な変態振りを記しているから衝撃的なのです。つまり、三島さんは自分をエリートの家系に生まれ、一旦、官僚になってはみたものの小説の道が諦め切れなかったに加え、ウンコまみれの男に欲情するサイテーな人間であると自覚している。
ですから三島さんは太宰先生が嫌いだったんです。己をデカダンスと称しているが、所詮、朝から酒を飲んでいる程度じゃないか、苦悩に身悶えをしているといいつつ、その苦悩は金がないとか、売れたいという凡庸なものじゃないか。俺なんて、ウンコまみれの男で勃起しちゃうんだぞ。それでも自分を憐れまないんだぞ。姉さん。僕は、貴族です——書いてやがるが、単なる田舎の金持ちの息子じゃないか。俺は東京生まれ、三代官僚だったのに今は作家だぞ、お前と俺の退廃じゃ、レベルが違うんだよ! 
更にいえば三島さん、磔にされて身体の至る部分に弓矢が刺さり血みどろになってる自分の姿を想像して興奮するドマゾでもあったらしく、もうその変態振りはとんでもない。確かにこれに比べりゃ、太宰先生の堕落なんて、子供に持って帰ってやれば喜ぶであろう桜桃を飲み屋で出され、つい、自分が食べちゃった——程度のスケールですからね。三島さんが眉をしかめるのも無理はない。三島さんならきっと飲みに行った酒場で女給は桜桃を差し出し、それに小便をかけた。私はその尿まみれの桜桃を嬉しそうに食らうのであった——くらいはお書きになるでせうよ。
芯から腐っていても自分を肯定やれる傲慢と不遜が作家には不可欠なのです。昭和最大のポルノ作家、川上宗薫はセックスシーンを書きながら自分でオナニーしてたそうです。
自己嫌悪を拠り所にしているようでは小説なぞ紡げない。とことん駄目になり給え。
作家の力量はどれだけ壊れているかで決まるのです。



「ノベルズウォーズ」  #1





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Author Profile
嶽本野ばら
嶽本野ばら(たけもと・のばら)京都府出身。作家。
フリーペーパー「花形文化通信」編集者を経てその時に連載のエッセイ「それいぬ——正しい乙女になるために」を1998年に国書刊行会より上梓。
2000年に「ミシン」(小学館)で小説家デビュー。03年「エミリー」、04年「ロリヰタ。」が2年連続で三島由紀夫賞候補になる。
同年、「下妻物語」が映画化され話題に。最新作は2019年発売の「純潔」(新潮社)。
栗原茂美の新ブランド、Melody BasKetのストーリナビゲーターを務め、松本さちこ・絵/嶽本野ばら・文による「Book Melody BasKet」も発売。
公式twitter @MILKPUNKSEX
公式ブログ https://ameblo.jp/dantarian2000/
公式ウェブサイト https://www.novalaza.com
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