深夜2時。
冷め切った湯船で体育座りをする私の鼓膜を謎の太い叫び声が揺らした。そのデスヴォイスが自分の名前を呼ぶ声だったと数秒後に理解すると、私は全裸のまま自宅の階段を駆け上がった。
私は約1年半前から家族と共に築30年の中古物件に住んでいる。35歳の会社員であり、35年のローンを組むなら今しかないと駆け込んだ形だ。
1000万円で建てられる注文住宅。そんな謳い文句に釣られて最初は注文住宅を希望していたものの、土地代の高さに驚き、建売りでもいいかと譲歩したつもりが、手の届く新築物件は駅からバス15分などの過疎地で現実的ではなかった。そんなことから最終的に駅からわりと近い中古物件に落ち着いた。駅から近いと言っても電車での通勤時間は以前より4倍ほど長くなり片道だけで映画を一本見られてしまう。半年以上かけて巡り合ったマイホーム。長い旅だった。
多少古臭さはあるものの、事故物件掲載サイトにも載っているわけでもなく、1階部分だけリノベーションされており、住み心地は悪くなかった。隣に住むおじさんも昼間から堂々と駐車場で小さなプラスチックゴミを燃やしダイオキシンの煙を周囲にばら撒いている以外は愛嬌もある。我々の家の隣数軒はその方の親族たちの持ち家であり、最近ドラマ化された漫画のガンニバル感が少しある。多少のダイオキシンくらい我慢しなくてはやってられないのだ。
町内会長のお爺さんは気さくな方で我が家の駐車場に生えている雑草を抜いてあげようか?と声をかけてくれる。その町内会長が持っている町の名簿には二重線で引かれた前の住人の名前の上に我々の苗字が書かれていた。その方曰く、前の住人は引っ越したのではなく亡くなったのだという。事故物件じゃないか、と咄嗟に思ったが、この家ではなく別の場所で、死因も病気ということだった。
私は怪談好きではあるが、身の回りの出来事には科学的根拠を求めるタイプである。いつもの様に仕事を終え、終電で帰り自分の夕飯を作ってお風呂に入っていたところ、冒頭のできごとが起きた。夜中でもたまに酔っ払いのサラリーマンや大学生が家の周りで奇声をあげることはあり、今回の叫び声もそうだろうと初めは思ったが、それは妻の声であり、場所は妻と息子の寝ている寝室だった。息子に何かあったのかもしれない。
寝室のドアをガバッと開けるとそこでは怯えた妻とスヤスヤ眠る息子がいた。
「私見ちゃった」と震えながら妻が話し出す。妻曰く金縛りと共に掛け布団が宙に浮いていたのだという。私はもっと恐ろしいものを想定していたので拍子抜けしたが、妻をなだめることに注力した。いつもは各々の部屋のベッドで寝ている我々だが、「今日は一緒に寝て欲しい」と妻に頼まれ家族で川の字を描いて寝ることにした。だが5分も経たないうちに「やっぱり狭いから出て行って」と言われ、さらにはなぜか目を覚ました息子に「パパいやーーー!」と泣き叫ばれることに。その後部屋を出た私は、洗面台の鏡に自分しか写っていないことを時折確認しながら1人寂しく歯を磨いたのであった。
もしかしたら今は亡き前の住人が帰って来たのかもしれないし、それは確かめようもない。仮にそうだったのならば、妻の部屋の布団なんて持ち上げてないで部屋の掃除を手伝ったり、ご近所付き合いについての相談に少しはのってほしい。あと33年半、この家で平和に暮らせるのか既に不安でいっぱいだ。
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