「僕、霊感が強いんで、お化け屋敷は怖くないんですよ。」
男がそう言った瞬間、車内の温度が少し下がった気がした。
私の新アルバム「怖い話 逃げても」の配信日である2023年6月3日の翌日の日曜日に、36歳になる私と妻、そして2歳になる息子は車で自然と触れ合うことのできる山の施設に遊びに来ていた。
川のせせらぎや、鳥や虫の鳴き声が響く中、我々家族は閉園時間の17時30分過ぎまで遊び、ようやく帰路に着こうとしていた。他のお客さんたちは皆帰り、静まり返った駐車場には我々の車のみが駐車されていた。
駐車場のゲートも簡易的に閉められていたため、一度ゲートを自力で開け、車を駐車場から出した後に閉め直す必要があった。ちょうど駐車場を抜け出し、車を停車した瞬間に突如として見知らぬ男が大きな声で話しかけてきた。
「すみません、駅まで乗せてください!」
男は黒縁の眼鏡をかけた痩せ型、Tシャツに長ズボン、リュックとスニーカーという出で立ちだ。気迫のある表情だったが、パッと見、ヤバいやつではない。
私は車内を見渡した。我々が乗っているダイハツ タント ファンクロスは軽自動車であるため、一応あと1人は乗車可能だ。正直私は全然乗り気じゃなかった。家族の思い出の1ページに見ず知らずの男が突如参加するのである。もしかすると、近くの集落で何人か殺めるだけでは飽き足らず、新たな獲物に手をかけようとしている連続殺人鬼の可能性だってあるのだ。本人は違うと言うだろう。それが事実だとしても。だが、あくまでこれは憶測だ。そして彼は困った顔をしている。
私は妻にパスを出すことにした。後部座席に座る妻に「ちょっと難しいと思う」と言ってもらうように願いながら、「あなたは、どう思う?」と聞いた。すると妻は「私は全然大丈夫だよ。」と答えた。なるほどね。
「本当にありがとうございます!」と言いながら男は助手席に乗り込んだ。
10年ぶりに所有するマイカー、納車二日目、慣れない細い山道、隣には知らない男。ハンドルを握る手が汗ばんだ。
自分が怪しいものでないことを証明するためなのか彼のテンションは高かった。話を聞くうちに、彼は山で1人で登山をしていたが帰りのバスを逃したこと、これから友人と会う予定があること、沖縄出身の28歳独身であることなどが判明した。
さらには彼は飛行機が怖いために沖縄には中々帰らないこと、絶叫モノの乗り物は昔デートの相手に何時間も付き合わされた挙句吐いた経験があるためそちらも苦手になったことなどを話してくれた。
彼の話を楽しんでいる様子の妻が「お化け屋敷はどうですか?」と聞いたところ、冒頭の答えが返ってきた。
妻はさらに興味津々で質問を投げかける。
「幽霊ってどんな風に見えるんですか?」
彼はこう答える
「ハッキリ見えるというより、ボヤッとしていて。実際は地味なもんですよ。自分の気持ちが落ち込んでる時の方が見えやすいです。あと自分が見えていたのはハタチの時まででした。今は全然です。自分から心霊スポットとかには行きませんね。」などなど。
もっともっと彼から心霊情報を聞き出したい我々の気持ちとは裏腹に車は駅に到着した。
深々と頭をさげ何度も礼を言う男。おすすめの居酒屋まで教えてくれた。おそらく彼はどちらかと言えば気のいい男だろう。だがしかし、これは結果としてそうだっただけの話だ。しかもおよそ30分の会話だけでの仮認定だ。
助手席からナイフを突きつけられたり、家族を人質にとられることなども充分起こり得たかもしれない。そもそもいい人であってもヒッチハイクをしなければならないようなスケジューリングには疑問を持たなければならない。
疑念や後悔を頭の中で積もらせる私のことを知ってか知らずか、妻は「あの人、幽霊が見えるってことは、私たちももしかしたら幽霊かもね!」なんてことを楽しげに言ってきた。これくらいのマインドの方が人生はきっと楽しいのだろう。夕焼けに照らされながら慣れないハンドル捌きで我々は帰宅した。
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