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録音を始めようとセッティングを終え、ヘッドフォンを装着して聴こえる音がまずこれだ。
テンションが下がりそうなるのをぐっとこらえる。
東京の大きなマンションではみんなで電気を分け合っているので、オーディオ信号にノイズが乗るし、電圧が安定しない。
レコーディングスタジオを押さえて、環境が整ったスタジオでレコーディングすればいいのだが、思いついたその時になるべく録音したい。
私の場合、仮歌が実際の音源に使われる事も多く、本番テイクと同じ機材(マイクプリ、レコーディング用マイク(bock241))をデスクの近くに常設して録音する。良いテイクが録れた時に電気ノイズが入っているとげんなりしてしまう。
ところ変わってここは八ヶ岳の自宅。標高1100m付近に位置する。
ヘッドフォンを装着する。電気ノイズは聞こえない。
隣の住宅と距離があるため電気を共有している家庭が少ない。
そのため八ヶ岳の家では電圧が安定しているし、アースもきちんと落ちる。要するに電気の独り占めである。
そのかわりに聞こえる音といえば、鳥の声、川の流れる音、雨音などである。
もちろんマイクに乗ってしまうこともあるので、ノイズと言われればそうなのだけど、室外機やエアコンの音や決まった周波数の電源ノイズが入るのとはワケが違う。
むしろ「入っててもいいや。」と思えるノイズである。そしてそれらもまた音楽的に感じるのである。
近年気温が上昇しているとはいえ、まだまだ冷涼な高原、八ヶ岳。
八ヶ岳の家にはエアコンがない。夏に2~3日暑いなと感じる日はあるが、それ以外は基本的に涼しいのでエアコンは必要ない。
冬もストーブをたいて暖をとるので、エアコンを使用する機会はない。
テレビすら置いてないので、ノイズ的な音が鳴る時といえば、掃除機をかける時、洗濯物をする時くらいだ。
ずっと東京暮らしだったので、そういう生活のノイズに気づかないでいた。
というか、耳がないものにしようとしていたのだ。
それがいざ山の中で暮らすと、東京で暮らすノイズがどれだけ耳を占領しているかということを思い知らされる。
逆に言うと、そういったノイズから解放されることで、今までより気配や音に対して敏感になった。
その点では本当によかったなと思う。
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しかし、八ヶ岳の冬は厳しい。マイナス15度になる日もある。
11月くらいが一番寂しい気持ちになる。
それまで元気だった草木の緑色は全てなくなり、ただ枯れ果てた茶色の世界が広がるからだ。
そんな時は東京に行って、人に会いたくなる。
少し肌寒いくらいの東京の夜に、みんなで集まってお酒を飲みたくなるがぐっと堪える。
八ヶ岳の物寂しさを噛み締めながらおうちで鍋を作り、ほくほく食べる。
寂しさと共に、作曲作業に戻る。一人の時間を楽しむ。
12月になると雪が降り始めるので、真っ白い世界を楽しめるようになる。
八ヶ岳に積もる初冠雪の日の朝はうきうきする。きっと周りに住んでいる人たちもそう。
今まで見たことのないような景色にうっとりする。
でも本当に寒い。
山での生活は都会で住んでいるときより、直接的に季節の移ろいを感じ、身体に影響を及ぼす。
夏は朝日とともに目覚める。4時台に起きるときもある。
冬はだめだ。身体が冬眠しようとしている。
朝は起きれないし、夜も早いうちから眠くなってしまう。
つまり活動できる時間が極度に少なくなってしまう。
ああ、これが自然の中で暮らしているということなのかと思い、あまり抗わないようにしている。
寒い時期に身体が動かない分、暖かい時期に頑張ればいいのだ。
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先ほども述べたように八ヶ岳の冬は美しいが寂しい。
都会のクリスマスシーズンの街の様子や、年末年始の集いなど、羨ましく思う時もある。
誰かに誘われたらその日のうちに会いに行けるし、ちょっと飲みたくなったら歩いていける距離にいい感じのお店がある。
それを味わえないで家でじっとしている時、やはり都会の素晴らしさを感じたりもする。
わがままで、ない物ねだりをしてしまう。
でも私はそう感じられるのがとても良いことだと思っている。
二拠点生活によって感じられる、どちらにもある有り難み。好きなところ。
都会に数日滞在している時は、帰って早く山の景色を見たい、山の空気を吸いたい、静かなところに行きたいと思い、
八ヶ岳にいる時には、直線的な建物(ビル群)を見たい、夜景を見たい。好きなお店にふらっと行きたい。と思う。
片方にだけ住んでいると、その有り難みを忘れてしまいそうで、その分、私は得している気分になる。
また、そういうバランス感覚でいることが、制作の意欲に繋がっている部分も少なからずあると思う。
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都会住まいだった頃に描いた、「浮遊する都市」という曲がある。
渋谷の近くに住んでいたので、その中で生活している時に、美しく感じたものと汚く感じたもの、
そのどちらも愛おしいと思って描いた曲だ。
多くの時間を山で生活をしている今、作曲している曲は少し離れたところから都会の美しさや混沌としたところを思い浮かべながら描くことが多くなった。似ているようで、実際に表現した時には全く違う楽曲になっていると思う。
また、八ヶ岳の自然が美しいからと言って、自然をそのまま描く曲は今後少ないと思う。鎌野愛々(メメ)名義ではあえて描いたのだけど、鎌野愛名義ではほぼ描かないだろう。
曲なんかでは表現出来ない自然の美しさ、壮大さがある。訪れれば分かるし、住めば分かる。
自然が壮大すぎてそもそも音楽が必要ないと感じてしまう。無音でよい。無音が一番良い。
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冬のことを散々言ってきたが、冬の厳しさを乗り越えた後は、春のパワーが凄まじい。
まず2月の終わり頃雪がまだ積もるころに、黄色くて可憐な福寿草が顔を出す。
まだまだ寒いけど春が近い!と嬉しくなる。
3月には山菜がたくさん採れて(庭で)、それから少しずつ近所の直売所でも緑の野菜が増え始める。
その野菜たちの美味しいこと。
農家の方々には頭が上がらない。こんなに美味しいものを作れるなんて!と尊敬でしかない。
夏に向かいの畑のおじさんがくれるトマトは人生で食べたトマトの中で一番美味しかった。
私が今からすごく頑張ってもこんなに美味しいトマトは作れないと思う。
だからこそ、今以上に良い曲を作ろうと作曲に精が出るのである。
トマトを食べて、曲作りを頑張ろうと思える環境ってとても健康的だなと思う。
桜は4月の終わりから5月にかけて咲く。まだ肌寒さの残る中、東京のソメイヨシノより少し小ぶりな桜が咲く。
そして東京よりも少し長めにその美しさを見せてくれる。こちらの春はまるでどこかの楽園のように美しい。
そんな美しさを横目にこの辺りから毎日が忙しくなる。 家の庭に沢があるのだか、わさびが自生していて、まずはわさびの葉を収穫して醤油漬けにする。
6月上旬には庭の梅の木から梅を収穫し、梅シロップを作る。
6月下旬に山椒を収穫して茹でて保存する。
7月にはご近所さんから大量のズッキーニなど夏野菜をいただく。この頃には山葵本体も収穫出来るようになる。
そして2週間に1度の草刈りが始まる。
8月にはスモモの木から実を収穫し、そのまま食べたり、シロップ漬けにする。
8月中旬ごろから庭に自生している茗荷の取り放題。毎年200個くらい収穫出来る。
そうこうしているとお盆がやってくる。
八ヶ岳の夏はここでお仕舞い。
急に肌寒さが訪れる。夏好きの私としては夏の短さにまたもや寂しさを覚える。少し残念な気持ちになる。
でもこのちょっと物足りなさが、また来年の楽しみになって丁度良いのかもしれない。
春が来る時の嬉しさをしっかり噛み締められるから。
その後は10月ごろに栗の収穫をし、
11月に柿と花梨を収穫して、秋を終える。
そして11月下旬にはまた茶色い世界へ突入するのである。
そんな経験を3度繰り返してきたのだが、一度として同じ年はなかった。
花梨が100個採れる年があれば1個も収穫出来ない年がある。
栗の収穫は私の誕生日あたりと記憶していたのに、その頃に収穫してみたら先に全部の栗が虫に食べられてしまった年もあった。
自然の周期とか摂理やらは想像出来ない。
都内に住んでいた時は、自分の好きな街をチョイスして、自分好みの家を賃貸し、
好きな洋服、雑貨に囲まれ、割と自分の思い通りに生活できていた。
田舎に住んでみると色々なことが起こって、予想を超えてくることが多々ある。
自分の思った通りにはいかないのが当たり前なのだ。
小さく願いを叶えてきた自分の生活に比べて、ものすごく大きなサイクルで変化する自然に太刀打ち出来ないことがあるのもまた一つ、
生きることに対して、音楽に対して、考え方を変えられた点だと思う。
それからもう一つ、八ヶ岳に住む人々への感想なのだけど、一つの遊びに対して何事にも全力である。
近所の人にお昼ご飯一緒に食べませんか?と言われぜひぜひと。
そうしたら鹿肉の塊、近くに自生しているニリンソウ、ギョウジャニンニクを乾燥させたものを持ってきてくれた。
そして「ユクオハウ」を作ってみましょう。と。笑
ユクオハウ、、?あ、ゴールデンカムイに出てくるあの鍋のことか!!!やってみましょう!となる。
またある日は、お茶会しましょうと誘われたので、紅茶とケーキが出てくるのかな?と思いきや、
自ら摘んできた茶葉を乾燥させたものを、何種類か飲み比べる会が開かれる。
和菓子も丁寧に手作りしてくださったもので、今、この場で作ったほうが美味しいからと、
仕上げをうちのキッチンでやってくれたりする。
いちいち本格的なのだ。これもまた八ヶ岳に住んで驚いたことの一つだった。
大人になって全力で遊ぶってこういう方法もあるんだなーと実感。
お金をかけていい宿に泊まる、とか、海外旅行するとか、それも大人になってからじゃないと出来ないけど、
一つ一つの作業を1から自分たちで本格的にやってみること。
食材を自分で調達して完成させていく過程を惜しまないこと。
これも音楽に置き換えると、一音一音の録り音を細部までこだわること、良い音で録音するために良い電気に出会うこと、いい楽器に出会うこと、いい響きの部屋を作ること。その全てに置き換えられることだと思うので、これも刺激を受けたことのひとつだった。
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これ以外にも今まで発見してきたことは多々あるのだが、今回はこれくらいで。
八ヶ岳生活に於いて、これからも新たな発見や刺激的なことが沢山起こりそうでワクワクしている。
また筆を取る機会があればぜひ皆さんに共有出来たらいいなと思っている。
最後にそんな私の最新アルバム”HUMAN”をご紹介いたします。
八ヶ岳との2拠点生活の中で制作した作品です。ぜひお聴きください。
https://lnk.to/humananref
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