パステル画と、魔女の一撃 – 画家と暮らせば vol.4- 山田ルーナ -

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「絵描きの旦那さんってやっぱり変わってる?」と聞かれることが多いのだけれど、普通である。まあ何をもって普通というのかはそれぞれだが(普通という言葉を安易に信じちゃいけない)、ごくごく一般的な夫婦だと思う。我が家の場合アトリエと住まいが別なので、制作している間に会うことはないし、一緒にいる時間も一般的な夫婦より少し長いくらい。出来上がった絵に感想を求められることはあるが、基本的には お互いあまり仕事の話をしないので、ご飯を作ったり、掃除をしたり、猫を愛でたり、読書をしたりと、そういう 夫の画家ではない部分に触れることの方が多い。むしろ我が家は家計も彼が管理してくれているし、世間が芸術家に抱くような破天荒なイメージとは正反対の、堅実で真面目な印象を 私は日々受けている。だから、やっぱり夫は絵描きだから変だとか、これだから絵描きはとか、そういうエピソードはあまりないのだ。

…いや、嘘です。 ひとつあった、変なエピソードが。

これは4月某日の話である。夜、夫が風呂場で「ああっっkあ゛ぁあ」と声を出した。聞き慣れない声だったが、文字にするならばおそらくこんな感じのことを言っていた。本当の話だ。

ぎっくり腰だった。

ぎっくり腰になったこと、ありますか?私はないのだけど、あれって相当痛いらしい。尿路結石も盲腸も骨折も経験している夫だが、ぎっくり腰は尿路結石に次ぐ人生2位の痛みだったそうだ。ちなみに尿路結石は夫のランキング通り「キングオブペイン」の異名が付いているのだが、ぎっくり腰は「魔女の一撃」と呼ばれているらしい。魔女の一撃。すごい強そう。
とにかく、そんな一撃を受け夫は相当参っていた。じっとしていればいいのだが、歩けないし、寝返りも打てない。無理に動こうとしようものなら、それはそれは大層な痛みが襲ってくるらしい。

これは大変なことになったと翌朝さっそく鍼に連れて行ったが、一朝一夕で治るものではない。夫はうなだれていて可哀想だったし、私も悲しかった。私が悲しかった理由は、大きく2つある。1つはもちろん、夫が痛がっているのを見たくないということ。できることなら半分もらってあげたかった。そしてもう1つは、この日夫と一緒に、友人と会う約束をしていたからだ。共通の友人と、コロナが少し落ち着いたタイミングで初めての夕食の約束をしていたのだった。私も彼もとても楽しみにしていたので、なくなってしまうのは悲しい。
すると夫が言った。
「命に関わることじゃないし、ルーナだけでも行ってきなよ」
正直気乗りしなかったが、私は彼の厚意を受け取ることにした。しかし、ここで夫が「ひとつだけお願いがある」と言う。
「アトリエにはとても行けそうにないけど、ドローイングくらいなら出来そうだから、ポストカードを持ってきてもらってもいい?それから、パステルも」

私は一通りアトリエから調達し、テーブルに丁寧に配置した。「そんなに描けないよ」と夫は笑ったが、ポストカードは多めに2束。これなら夫が退屈することもあるまいと、私はできることをして家を出た。
そして、数時間後。帰宅した私が見たのは、ポストカード2束分のパステル画だった。見ると、今までに行ったあらゆる場所が描かれている。夫には珍しい具象画だった。

「やり始めたら面白くて、初めてパステル画描いてみた」

魔女の一撃にやられてもなお、画家は描くことを辞めないのか。
呆れるような、尊敬するような…。

昔、夫が言っていたことを思い出す。
「絵って、楽しい気持ちばかりで描くわけじゃないんだよ。痛みを伴ってこそ描けるものもあるんだよ」
まあ、それはほとんど確実に精神的な意味合いで話されたことだが、このパステル画は文字通りの痛みを伴って描かれた絵だった。

かくして夫の作品にあらたにパステル画が加わった。1枚あたりの制作時間およそ10分弱。本画と違ってゴールが見えているので、練習にいいらしい。

このパステル画は習作というか、ほとんどエチュードのようなものなので、当初販売などするつもりはなかった。しかし、先日某テレビ局で夫の特集を組んでいただいたところ、チラッと映ったこのパステル画の反応が意外と良く、問い合わせをいただいたりしている。

あれから痛みが去っても、夫は制作の息抜きにパステル画を描き溜めている。普段具象を描かない夫の具象画は、ひとつの縛りの中で描かれる。当たり前のようだが、必ず自分の目で見て何かを感じた場所だということだ。家の近所など馴染みのある場所をはじめ、日本各所の空や海や渓谷。インドやバンコク、ブリスベン。画家の目を通して描かれる景色は、不思議な空気感を纏う。

それにしても、よくあの日に描き始めたな。
こっそり撮っていた、ぎっくり腰に翻弄される夫のムービーを見返しつつ、私は可笑しく思う。

絵描きの旦那さんって、やっぱりちょっと、変かもしれない。







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Author Profile
山田ルーナ
フリーランスのライター/エッセイスト。4歳からクラシックピアノを始め、芸術大学の音楽科を卒業。ピアニスト、ピアノ講師としても活動している。夫は画家の山田雅哉。日本画技法を用いた平面作品を、国内の個展やグループ展を中心に発表中。近年の主な作品として、東海テレビ番組「ニュースOne」のスタジオセットなど。
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