うそみたいにしあわせな寝言 – 画家と暮らせば vol.3- 山田ルーナ -

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この連載の最初の記事「仕事と生業 – 画家と暮らせば vol.1」のとおり、この春からうちの夫は教員を辞め、画家一本で暮らしている。彼がほとんどの時間を過ごすアトリエは 自宅敷地内にあるので、家と行き来して家事をほぼ100パーセント担ってくれたり、日中会いたいときに会えたり、この新しい生活は私にとっていいことづくめなのだけど、その中でもとりわけ「ああ、よかったな」と思えたことを、今回はご紹介したい。

私は夫に比べて(というか一般的に見ても)怠惰な人間なので、生活リズムが整っているとはとても言い難い。仕事でも創作でも、執筆に集中してしまえば食事は取らないし、アイデアを思いついたら夜中でもパソコンを開いてしまう。夫は規則正しく就寝するので、私が寝室に入るころにはとっくに夢の中…というのが常だ。 …ちょっと話が脱線するけれど、我が夫ながら、彼は本当に偉いと思う。爪の垢でも煎じて飲みたいと、いつも思う。朝起きて、珈琲淹れて、アトリエ行って、植物と猫(と私)のお世話して、アトリエ行って、ご飯作って、食べて、読書したり、映画を観て、お風呂に入って、寝る。本当に偉いと思うし、羨ましい。爪の垢でも煎じて飲みたいけど、本当に入れられたら嫌なのでこのくらいにとどめる。

話を戻そう。就寝リズムが違うからというか、なんというか、以前から私は寝言ハンターである。まあ寝言ハンターというのは私が考えた言葉なのだけど、その字面のとおり、人の面白い寝言を聞いてはメモを取りコレクションする人のことだ。

ここ数年、今思い返せばストレスもあったのか、夫の寝言はすごく多かった。

「プリント回して~」とか、「そこはこう描くといいよ」とか、そういう先生っぽい寝言をはじめ、「カエルのかたちのチョコあります」(?)とか、「石原さとみが…」みたいな、そういう面白い寝言まで。私の知る限り、カエルのお菓子はカエルまんじゅうしか知らないし、夫は石原さとみより蒼井優が好きだと思うのだけど、寝言ってなんなんだろう。不思議だ。あまり他の人の寝言を聞いたことがないんだけど、みんなこういうものなのかしら?そして夫の寝言は、いつもしっかり発声してくれるので、特に面白い。寝言と話すのはあまり良くないと聞いたことがあるので、私はいつも、笑い声を押し殺して、iPhoneのメモ帳に記録する。

そんな寝言ハンターな私、最近あることに気がついた。この春から、夫があまり、寝言を言っていない。あまりというか、全然、言わなくなったのだ。眠りが深くなったようで、いつもスースーと落ち着いて寝ている。

やっぱり教員生活に疲れていたんだなぁと、労いの気持ちとともにちょっぴり寂しく思っていると、つい先日、夜中に彼が、久しぶりに寝言体制に入った。いつも寝言を聞いていると、寝言を言いそうなタイミングがわかる。寝返りを打ち、むにゃむにゃと口を動かす彼を見て、久しぶりに寝言を聞けるか?とワクワク待機していると、ついに夫が口を開いた。

『あ~!おもしろかった!』

驚くほど明るい声で、笑顔で、まっくらな寝室に、夫がそう言い放った。

なんて寝言なんだ。こんなうそみたいにしあわせな寝言があるだろうか。

翌朝夫に寝言のことを話すと、まったく覚えていない様子だったが、きっと彼は、ここ最近の出来事を夢の中で反芻していたに違いない。

夫は今ちょうどグループ展に参加していて、連日多くのお客さまとお話しする機会をいただいていた。コロナの影響もあり、本当に久しぶりの展示。前回の記事でチラッと書いたテレビの特集も無事放送され、展示とあいまってファンになってくださる方も増えた。

絵を描いて、観てくださる方がいて、何かが伝わって、また描いて、これから先はもうずっとその連鎖。

「おもしろかった!」だけで生きていけないのが人生だけれど、何かをつくり出す人たちが、それがたとえ痛みの先にあるものでも、世に送り出し、その行方を見ながら「おもしろかった!」と振り返ることができるのであれば、そんなにすてきなことはない。

あぁ、面白かった。夫の寝言を聞いて、私もまた面白く、幸せな気持ちになったのだった。こんな良い寝言がメモ帳に増えていくのなら、とても嬉しい。このエピソードをこうして書くことができたのも、寝言ハンター冥利に尽きる。

こんな毎日を積み重ねて、いつかは「あ~!おもしろかった!」と言って死にたいなぁ。願わくば、たくさんの夢を叶えたその先で。

それでは、今回はこのへんで。読者の皆さまも、どうかすてきな寝言に出会えますように。







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Author Profile
山田ルーナ
フリーランスのライター/エッセイスト。4歳からクラシックピアノを始め、芸術大学の音楽科を卒業。ピアニスト、ピアノ講師としても活動している。夫は画家の山田雅哉。日本画技法を用いた平面作品を、国内の個展やグループ展を中心に発表中。近年の主な作品として、東海テレビ番組「ニュースOne」のスタジオセットなど。
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