「これで画家として死ねる」
先日夫が、私にそう言った。
…連載の第一回目にしては少々ヘビーな出だしとなってしまった。はじめまして。このたびBUNCAにて執筆させていただくことになった、ライターの山田ルーナです。
「画家と暮らせば」というタイトルの通り、画家である夫と二人暮らし(あと猫)をしている私は、芸術大学の音楽科出身の生粋のBUNCAっ子(?)。本エッセイでは、家族だから書けるアーティストの喜怒哀楽や、芸術大学の思い出、日々の仕事のことなど、自身の経歴を生かしたエピソードなどを公開していきたい。文化的生活を送るBUNCA読者の皆さまの共感をいただければ嬉しいし、赤裸々に文章にすることで、私自身毎日を大切に見直すきっかけになればと思う。
さて、話は冒頭に戻るが、このたび夫が勤め先を辞めることとなった。
勤め先というのは、学校だ。夫は制作の傍ら、この数年生活のために、中高一貫の私学に専任教師として通っていた。目指して教師になっている方々には失礼だということを承知で言うが、芸術大学では将来の保険のために教員免許を取得する人が少なくない。保険というのは、アーティストとして食べられなかったときに潰しがきくように、という意味である。夫もそうだし、私でさえ、教員免許は持っている。
とにかく、結婚を機に、夫は学校で働き始めた。それは彼の中で、家族をもつプレッシャーがあったからかもしれないし、制作にあたって金銭的な余裕がほしい気持ちがあったのかもしれない。(もちろん教育への純粋な興味があっただろうことも言い添えておく。)
しかし彼と同じように、アーティスト活動だけでは食べていくのに心許ないというのが、悲しいかな芸術家人口の大部分を占めるのではないだろうか。だから、何か他の職業を兼業しているというクリエイター、もしくはそういった経験があるクリエイターは、その職業を気に入っているか気に入っていないかは別として、意外と多いはずだ。BUNCAに訪れる方は、クリエイター自身、もしくはクリエイターに関心がある方だと思うのだが、どうだろう。
少し話は逸れるけれど、今は遡ること江戸時代。人々は「仕事」と「生業」を、皆それぞれ持っていたとか、いなかったとか。人生の指針となるようなものが「仕事」で、お金を稼ぐためのものが「生業」。彼らにとって、人に「仕事」を尋ねるということは粋なことだった。そこには年齢差もなく、生きる目的を、皆等しく交わし合ったそうだ。
もちろん当時と現在とでは暮らし方もまったく違うが、今でいうライフワークみたいなものを、当時の人は自然と持つことができていたのかもしれない。
2021年を生きる私たちは「生業」に日々を追われがちだ。生きるのにはどうしたってお金が必要で、それはアーティストでもアーティストでなくても同じこと。そのバランスが取れたらいいが、それらは簡単にくるっとひっくり返ってしまうから、私たちは時に何のために生きているのか分からなくなってしまう。
夫もまた、ひっくり返る寸前にいた。勤めながら制作をするというのは、とても難しいことだ。物理的な手を動かす時間なら、睡眠時間を削ればまだ得られるにしても、思考が連続しない。夫の制作にはそういう時間が重要だったし、それがないというのは、彼にとっては絵が描けないも同然だった。
教師を辞めるという報告にあたり、方方から「奥さんすごいね」というお声をいただいた。「私だったら絶対許せないわ、辞めるだなんて何考えてんのと思っちゃう」。だけど私は、何もすごくない。安定した職を手放すというのは、正直不安もあるし、バカ売れ間違いなしの秘策があるわけでもない。だけど私にとっては、彼がどんどん画家でなくなることの方が問題だった。彼の絵が好きで結婚したのに、描けないんじゃあ元も子もない。
これは、夫がもう辞めたいと泣きついてきたわけでも、それを私が寛大な心で許したわけでもなく、二人で話し合って自然と出た結論だった。収入が一時的に減るとしても、画家としてなんとかやっていけるだろう。もし、おじいちゃん、おばあちゃんになってもこんな感じだとしても、それはそれでいいんじゃないか。
「これで画家として死ねる」という言葉は、字面に反して軽やかで、不思議と優しかった。
夫は画家なのだと、私はあらためて思った。画家として死ねるというのは、画家として生きていけるということ。痛くても寂しくても、描かずにはいられない彼のことが、私は愛おしい。自分の子どものような夫の絵を、一日も長く、そして一人でも多くの方に届けられればと願う。
私も一応フリーランスのライターなので、よく思うのだけど、私たちクリエイターこそ、どう生きたいかということを問い続けねばならないのかもしれない。芸術は清貧という思想は今どき流行らないけれど、何を大切に生きていくかという問いに対して、お金はきっと、一番にはならない。
何を大切に生きていくか。
人生の意味だなんて死ぬまで分からないかもしれないけど、本当に忘れちゃいけないことは、そう問い続けることにある気がするのだ。
それでは今回はこのへんで。出逢いの話は、また今度。
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